恋と友情
あの日、私から身を引いたというわけではなくて、単純にあの子を応援したくなっただけだった。
彼女のことは、今でも大好き、なのだから。
「本当に、遺伝子はウソをつかないわね」
「え?どういうこと??」
久し振りに会った未翼は、前と雰囲気が違っていた。
なんだろう。
以前は、こんなに乙女モード丸出しじゃなかったというか。
こんなに可愛い一面を見せていなかったというか。
こんなに、素直じゃなかったというか。
いや、素直じゃないからこそよかった、というのもあるというか。
少し色の明るくなった髪の毛は、ゆるくウェーブがかかってよりお姉さんぽくなっていたにもかかわらず、彼女の顔立ちは前よりも若々しくというよりも子供っぽく見えていた。
私といたら、私の方が前よりももっと老けて見られないか心配になってくるくらい。
可愛く色づいたピンク色の頬にキスしたいな、と純粋に思って見つめていたら、また視線が絡む。
ふにゃっと笑う未翼は、飲みかけのココアに口をつけながら、そっと目を伏せた。
「朋奈ちゃんのこと」
「ああ、そういえば結局短大の推薦蹴って、4大に進学したんだよね」
思い出しながらオレンジジュースのグラスを傾ける。
少し他人行儀な話し方になるのは、ほとんどあの子の情報を知らないからだった。
そんな私の様子に、未翼は驚きを隠さない。
「全然会ってないの?」
「例の一件以来、家に帰りづらくてさぁ」
そう、あの夏の…去年の夏の私の妊娠プラスフライング結婚話のせいで、両親は私に対しての認識を変えてしまった。
少なくとも反抗しつつも両親にとっては外面だけはいい娘だったはずなのに、いろいろひっくり返してみれば、あれよあれよと暴かれた私の内面。
近所の人や私の友人関係から、『本当の私』を明らかにしてしまった両親は、驚くだけでなく私の行動を制御して、監視しようとした。
それだけは勘弁してほしい。
私から自由だけは取り上げないでほしい。
「会うと本当に親がうるさくて、一時は大学も辞めさせられるところだったんだもん」
「そうなのね。朋奈ちゃん、有里子に会いたがっているわよ」
「可愛いこと言ってくれるわ、わが妹さんながら」
未翼がこれだけ変わったのだから、朋奈も変わったことなんだろうと簡単に想像はつく。
私の思い出の中の朋奈はまだお子様で、リュックに短パン、ゼッケン、日焼け、な元気印の部活っ子なイメージでしかない。
まあ、私がいろいろと刺激的な映像を何度もお見せした際に、期待を裏切らず何度も卒倒してくれていたような純情娘だったはずなんだけど。
「で、遺伝子が何だって?」
「ああ。朋奈ちゃん、その、あなた、そっくりなのよ」
カタッとココアのマグカップを持つ未翼の手が震える。
何かを思い出して、私の顔をちらちら見ながらマグカップを両手で包みこむようにして口づける。
「そっくり?」
「だから、遺伝子はウソをつかないなって思って」
話を向こうから振ってきた割に、肝心な部分はだんまりを決め込んでいるのか、未翼はそれ以上について触れない。
気になるじゃない。
私とあの子、何がそんなにそっくりなのか。
私は、未翼と向かい合って座っていたけれど、立ち上がってすぐに隣へと移動した。
ここは喫茶店…というか、未翼のバイト先の「あの」喫茶店なわけだけど、ちょうどこの位置はマスターがいるところからは壁があって様子が見えない。
しかも他に客はいなくて、そもそもマスターは奥でうつらうつらしているらしいから、誰も邪魔は入らない。
「ちょっと、近いって」
未翼の両腕は一応私の体を押して遠ざけようとするけれど、私はあっさりとその両腕をつかんだ。
「それじゃわからないじゃない」
「何が?」
「どう、私と朋奈がそっくりなの?」
別に何かしようというわけじゃないのに、未翼の顔が赤くなる。
私はただ隣で、未翼にいつでも触れられる距離に位置しながらも、息を感じられる距離にいながらも、何もしないであえて両手を挙げたパフォーマンスをしていた。
「ねえ、どうそっくりなの?教えてよ、せっかくだし」
会えたの、久し振りなんだから、と耳元で囁くと、未翼はガンッとテーブルの上にココアのマグカップを落としてしまった。
なんとか水平を保ったまま落ちたからマグカップは割れたりはしなかったものの、未翼の神経は十分に揺さぶられてしまったらしい。
押しに押されたときにだけ見せるこの熱に浮かされたような顔は、前の未翼、私だけが知っていた未翼のままだった。
抱きしめて組み敷いてやりたくなる心にブレーキをかけたまま、未翼の答えを待つ。
「その、言葉とか」
「言葉?」
「くれる言葉が、これでもかって思うくらい、似てる」
セリフがこぼれる未翼の唇の動きに、息遣いに、何度もブレーキが外れそうになるのを必死で抑える。
言葉ねえ。
私にはそんなことをあの子に教育した覚えはもちろん、ない。
だとしたら確かに、遺伝子に組み込まれたものなのだろうか。
そうなると、両親の睦事を想像しなければいけないので…やめておこう。
「他には?」
「いつの間にか、私を支配している、ところ」
…そんなことしたっけ?
たどたどしく発せられた未翼の言葉に悩んでいると、未翼は少し平常心を取り戻したのか、今度は冷たい水を一気に飲み込んでいた。
「気付いたら、あの子が優位に立っているのよ」
「私、そんなことしてた?」
「普段、私の方があなたよりしっかりしてて、あなたより私の方が優位に見えるらしかったけど、その…その時には、明らかに逆でしょう」
長セリフの最後の方は口ごもりかけていて聞きとりにくかったけれど、未翼の言うことは一理あるかもしれない。
あの朋奈がねえ。
思い出の中の朋奈は私と似ている部分なんて一つも無かった。
3つ離れた姉妹とはいえ、私と朋奈は顔は全くのように似ていない。
どちらかというと丸顔で愛想の好さそうな顔立ちの朋奈に対して、私は顔立ちがきつめで綺麗と言われればよいかもしれないけれど、老けて見られがちだった。
声だって、いかにも優しさにあふれた柔らかいトーンの声の朋奈に対して、私はエッジのたった切れのある声をしている。
あの子は、私よりも純粋で可愛くて、両親からも可愛がられて、それでいて私よりしっかり者になる予定だった気がしていたのに。
気が付いたら同じ人を好きになっていたのだから、驚きだった。
「もういいでしょう、離れてよ」
「はいはい」
軽口をたたきながら膨れた未翼の頬をつつくと、怒りたいけど怒れない、未翼の眉のゆがんだ顔が見えた。
あまりにも懐かしくて、笑ってしまう。
だから、ついブレーキが外れてしまった。
そっと自分の唇を未翼の頬に寄せて小さく吸う。
唇に重ねなかったのは、せめての可愛い妹への遠慮だった。
「いい加減にしてよ」
未翼は唇を寄せた部分を手でぬぐおうと左手を挙げて、そして何もせずに下した。
ぬるく、表面に牛乳の膜が現れ始めたココアのマグカップをそのままの左手で持ち上げる。
彼女のことは、今でも大好き、なのだから。
「本当に、遺伝子はウソをつかないわね」
「え?どういうこと??」
久し振りに会った未翼は、前と雰囲気が違っていた。
なんだろう。
以前は、こんなに乙女モード丸出しじゃなかったというか。
こんなに可愛い一面を見せていなかったというか。
こんなに、素直じゃなかったというか。
いや、素直じゃないからこそよかった、というのもあるというか。
少し色の明るくなった髪の毛は、ゆるくウェーブがかかってよりお姉さんぽくなっていたにもかかわらず、彼女の顔立ちは前よりも若々しくというよりも子供っぽく見えていた。
私といたら、私の方が前よりももっと老けて見られないか心配になってくるくらい。
可愛く色づいたピンク色の頬にキスしたいな、と純粋に思って見つめていたら、また視線が絡む。
ふにゃっと笑う未翼は、飲みかけのココアに口をつけながら、そっと目を伏せた。
「朋奈ちゃんのこと」
「ああ、そういえば結局短大の推薦蹴って、4大に進学したんだよね」
思い出しながらオレンジジュースのグラスを傾ける。
少し他人行儀な話し方になるのは、ほとんどあの子の情報を知らないからだった。
そんな私の様子に、未翼は驚きを隠さない。
「全然会ってないの?」
「例の一件以来、家に帰りづらくてさぁ」
そう、あの夏の…去年の夏の私の妊娠プラスフライング結婚話のせいで、両親は私に対しての認識を変えてしまった。
少なくとも反抗しつつも両親にとっては外面だけはいい娘だったはずなのに、いろいろひっくり返してみれば、あれよあれよと暴かれた私の内面。
近所の人や私の友人関係から、『本当の私』を明らかにしてしまった両親は、驚くだけでなく私の行動を制御して、監視しようとした。
それだけは勘弁してほしい。
私から自由だけは取り上げないでほしい。
「会うと本当に親がうるさくて、一時は大学も辞めさせられるところだったんだもん」
「そうなのね。朋奈ちゃん、有里子に会いたがっているわよ」
「可愛いこと言ってくれるわ、わが妹さんながら」
未翼がこれだけ変わったのだから、朋奈も変わったことなんだろうと簡単に想像はつく。
私の思い出の中の朋奈はまだお子様で、リュックに短パン、ゼッケン、日焼け、な元気印の部活っ子なイメージでしかない。
まあ、私がいろいろと刺激的な映像を何度もお見せした際に、期待を裏切らず何度も卒倒してくれていたような純情娘だったはずなんだけど。
「で、遺伝子が何だって?」
「ああ。朋奈ちゃん、その、あなた、そっくりなのよ」
カタッとココアのマグカップを持つ未翼の手が震える。
何かを思い出して、私の顔をちらちら見ながらマグカップを両手で包みこむようにして口づける。
「そっくり?」
「だから、遺伝子はウソをつかないなって思って」
話を向こうから振ってきた割に、肝心な部分はだんまりを決め込んでいるのか、未翼はそれ以上について触れない。
気になるじゃない。
私とあの子、何がそんなにそっくりなのか。
私は、未翼と向かい合って座っていたけれど、立ち上がってすぐに隣へと移動した。
ここは喫茶店…というか、未翼のバイト先の「あの」喫茶店なわけだけど、ちょうどこの位置はマスターがいるところからは壁があって様子が見えない。
しかも他に客はいなくて、そもそもマスターは奥でうつらうつらしているらしいから、誰も邪魔は入らない。
「ちょっと、近いって」
未翼の両腕は一応私の体を押して遠ざけようとするけれど、私はあっさりとその両腕をつかんだ。
「それじゃわからないじゃない」
「何が?」
「どう、私と朋奈がそっくりなの?」
別に何かしようというわけじゃないのに、未翼の顔が赤くなる。
私はただ隣で、未翼にいつでも触れられる距離に位置しながらも、息を感じられる距離にいながらも、何もしないであえて両手を挙げたパフォーマンスをしていた。
「ねえ、どうそっくりなの?教えてよ、せっかくだし」
会えたの、久し振りなんだから、と耳元で囁くと、未翼はガンッとテーブルの上にココアのマグカップを落としてしまった。
なんとか水平を保ったまま落ちたからマグカップは割れたりはしなかったものの、未翼の神経は十分に揺さぶられてしまったらしい。
押しに押されたときにだけ見せるこの熱に浮かされたような顔は、前の未翼、私だけが知っていた未翼のままだった。
抱きしめて組み敷いてやりたくなる心にブレーキをかけたまま、未翼の答えを待つ。
「その、言葉とか」
「言葉?」
「くれる言葉が、これでもかって思うくらい、似てる」
セリフがこぼれる未翼の唇の動きに、息遣いに、何度もブレーキが外れそうになるのを必死で抑える。
言葉ねえ。
私にはそんなことをあの子に教育した覚えはもちろん、ない。
だとしたら確かに、遺伝子に組み込まれたものなのだろうか。
そうなると、両親の睦事を想像しなければいけないので…やめておこう。
「他には?」
「いつの間にか、私を支配している、ところ」
…そんなことしたっけ?
たどたどしく発せられた未翼の言葉に悩んでいると、未翼は少し平常心を取り戻したのか、今度は冷たい水を一気に飲み込んでいた。
「気付いたら、あの子が優位に立っているのよ」
「私、そんなことしてた?」
「普段、私の方があなたよりしっかりしてて、あなたより私の方が優位に見えるらしかったけど、その…その時には、明らかに逆でしょう」
長セリフの最後の方は口ごもりかけていて聞きとりにくかったけれど、未翼の言うことは一理あるかもしれない。
あの朋奈がねえ。
思い出の中の朋奈は私と似ている部分なんて一つも無かった。
3つ離れた姉妹とはいえ、私と朋奈は顔は全くのように似ていない。
どちらかというと丸顔で愛想の好さそうな顔立ちの朋奈に対して、私は顔立ちがきつめで綺麗と言われればよいかもしれないけれど、老けて見られがちだった。
声だって、いかにも優しさにあふれた柔らかいトーンの声の朋奈に対して、私はエッジのたった切れのある声をしている。
あの子は、私よりも純粋で可愛くて、両親からも可愛がられて、それでいて私よりしっかり者になる予定だった気がしていたのに。
気が付いたら同じ人を好きになっていたのだから、驚きだった。
「もういいでしょう、離れてよ」
「はいはい」
軽口をたたきながら膨れた未翼の頬をつつくと、怒りたいけど怒れない、未翼の眉のゆがんだ顔が見えた。
あまりにも懐かしくて、笑ってしまう。
だから、ついブレーキが外れてしまった。
そっと自分の唇を未翼の頬に寄せて小さく吸う。
唇に重ねなかったのは、せめての可愛い妹への遠慮だった。
「いい加減にしてよ」
未翼は唇を寄せた部分を手でぬぐおうと左手を挙げて、そして何もせずに下した。
ぬるく、表面に牛乳の膜が現れ始めたココアのマグカップをそのままの左手で持ち上げる。