ゼロ´
来迎
水平線から屹立する歪んだ石棺の中で、僕は世界を描いている。つねに覚醒する神々の息吹に合わせて、僕は一日を造形する。鳥たちは朝と昨日とを見つけ、太陽は残酷に衣装を剥ぎ取る。選ばれているのだ。だが、奪われてもいる。暗い内水の高まりゆく刹那、「彼方」は諧調の狭間へと四気を滑り込ませる。校庭の音楽、沈黙の味わい、闇の手触り、海の匂いを。僕には「描く」ことしか許されていないのだ。
光を失った珠璧から雫が落ちる。幸福でさえ僕を正しくは満たさない。
かつて世界は繊細だった。運命の質量に星々は静かに耐えていた。かつて僕は「彼方」に在ったのだ。小さな家や大気や蝶番を奇蹟とも思わずに。森の中で意志なく木肌に触れるとき、今でも呼び声が聞こえる。僅かな冷気とざわめきとが手のひらに集まると、「彼方」は僕をとらえ、その磁力で僕の内皮に烙印を押す。郷愁の調べがさざ波のように揮発する。そして僕は反転する風景の中で、やさしさの意味と出自を思う。
描くことは無に開かれた義務であり、僕を熱する。そうやって、薄片の地球を保つ。
事務員の子宮に胎児を描いていると、光が潜行した。僕は、精神病棟へと向かう僕を、描く。流動する建材は冷え冷えと影を射止め、階梯はおもむろに高度を呑み込む。堅牢な距離を得て、遠近のない闇へと浮かぶ。浮かばせる。顔のない精神科医は幻覚を見る少女を招いた。少女は闇を背負い、奇異な行為の軌跡を残像に刻んだ。だが僕は描かなかった!精神科医を活け花に転生させる。彼女の描く情感の奔流により、彼女が「彼方」からの来迎者であることを知った。僕は植物のように、大地から温かいものを吸い上げ、四方に放射した。
雪の蔵する光たち。「彼方」は薄光に照らされて。そして、光は血となり滾りゆく。
喜びが溢出し、浮力が僕を支える。衣服から転がり落ちる幻滅を丹念に拾い集める。けれど少女は泣いていた。安息の地は奪われて。流れる風は棘を持ち、みなぎる水鏡を傷つける。少女を冷徹に見やると、僕は唐突に、夜の王冠を失ったことに気づいた。