ゼロ´
滅び
細かにえぐられた容積を抱え込む椎の木立が潜熱としての意味を失う地点であてどなくさざ波は広がる。枝間からこぼれ落ちる木の葉ははじまりを告げる単音を虚空に受精させ大気がむららと熟するのを苔のように待つ。
日暮れに飛び立つ堕天使がしぐさの内側にやさしさを隠しているように、まばたきをするたび密度を増す画された光風はあさっての電線に暗闇を隠している。ただ縞蛇だけがそれを紐状に抜き盗り腹の底にはわせる。
秩序は始まった。真珠のまとう光彩のように。
チェルノーゼムに穿たれた井戸を音楽家がのぞき込むとき雑音は掃き出される。原石が夕日を越えてすべり落ちるので夕涼みの宝珠を磨き出す。だがなめらかな接触は意図せずして絶たれてその間だけ彼は滅びの歌を聞く。
朝のゆたかさが霧をのこす頃合に大気は熟して木の葉は土をまねる。こころよい波をかえす活字たちに囲まれて啓蒙家はゆるやかな盆地にひそむ。だが時おり章句は雨のように壁立するので彼女は滅びの剣のつかを握る。
栄光や功名は秩序への反逆。切り込んでくるやいばを防ぎきれずに。
あかるい熱量のつまった半球形をかすみゆく風景に開いてきた音楽家はつめたい昼にうなだれる。質量を充填していた真っ赤な泉は夜月のように源へと回帰して色をうしなった彼のもとには線的な外郭しか残らない。
ボーガンのように固形化した革命家の理念はあたりにむれる白色の嬰児たちによって引き絞られて一斉に矢をはなつ。なみいる衛獣たちの命脈が音なく瓦解してゆく中、彼女は支配者の脳髄に黒剣を突き立てて狂い笑う。
木の葉は土に還った。秩序はとまどう粒子たちに受肉し、首をもたげる。
幼子の、顔だった。