ゼロ´
夜
自動車の走る音が
強くなり弱くなり
いくつも重なり合いながら
都市の柔らかな肉声として
アスファルトの上を満たす海として
ビルに押し寄せては砕けていく
ヘッドライトの百鬼夜行
ライトはとてもみずみずしくて
その所だけ厳格に闇を裏返している
明るい部屋の中で
僕も中途半端に裏返されて
屋内と屋外をつなぐ
窓の残酷さに均されながら
声だけの人間に電話をかける
いえいえこれは人間ではありません
僕の孤独と電話機の軋轢から生じた
つややかな円の集まりです
潅木の常緑の葉の
豊かな盛り付き具合が
ひとつの大きな料理のように思われた昼
僕はそれを目で食べたのだった
食事は「人生」と呼ぶには楽しすぎる
肉と野菜をいためる夜
口で食べてしまうことは不潔だ
闇に負けていくかたちの数々
辿り着く先は距離のない溶液
昼間の出来事が黒く沈殿している
蛍光灯によって救われたかたちの数々
辿り着く先は距離のある川
夜の出来事が次々とせせらいでゆく