すてきなあなたに憧れて
棒ういろ
この夏、仕事で生まれて初めて徳島に行きました。
阿波踊りの近づく季節、徳島の街ではいたるところで踊りの練習が繰り広げられます。
学校や仕事帰りのその足で練習へ参加するといった風で、本当に日常の中に溶け込んでいるのです。
ターミナル周辺でも夜な夜な練習が行われ、私も全くの予定外でその光景を見ることができました。
夏の夜風にきらめく街明かりの中、軽やかなお囃子に合わせて浮かび上がる連の踊り手達の姿。
激しくて、でもたおやかで…間近で見るとその鼓動を感じ私の心もふるえました。
そんな徳島で出会ったのが「棒ういろ」です。
その昔徳島が「阿波国」と呼ばれていた頃、秘密裡に砂糖きびの栽培法が伝えられました。
その砂糖きびから作られたのが「阿波和三盆」。
徳島藩主や領民たちはそれを使ったういろう(阿波ういろ)を食べることで阿波和三盆の完成を祝いました。
それが、旧暦三月三日の節句のこと。
今でも、徳島ではこの日に阿波ういろを食べる習慣が残っているそうです。
私は、そんな阿波ういろの一種「棒ういろ」の虜となりました。
個包装された小さな棒状のういろうです。
色はシンプルなあずき色。
上品な甘さでしつこくありません。
最大の特徴はその食感です。
ういろうなのですが「歯触りが良い」と言えば良いのでしょうか。
餅とも団子とも違う…そう言えば、近江名物丁稚羊羹に近い気もします。
棒ういろは日持ちしないため、お土産コーナーではほとんど見かけません。
地元の人が振舞ってくれない限り、出会うことはないのです。
幸運なことに、三日間の仕事中、二度三度といただく機会がありました。
見た目は至って地味で、初めて食べたときは「こんなもんか」と思ったぐらいです。
それが繰り返し食べると「あれ…?」
全く知らない所から紹介されたお見合い相手、最初は何も思わなかったのに…
会う度相手の魅力に気づいてどんどん好きになっていく。
とそんな具合で、今では恋焦がれてお取り寄せまでする始末です。
この棒ういろを食べると、徳島の夜風を思い出すのです。
作品名:すてきなあなたに憧れて 作家名:さかいあきこ