「もう一つの戦争」 開戦と子育て 4
裕美子は少し膨らんできたお腹を撫でながら、もうすぐ真珠湾攻撃が始まると言う不安に強くさいなまれていた。それは夫幸一が零戦搭乗員として任務にあたることが決定されていたからであった。
鹿児島湾での真珠湾攻撃の訓練を終了して、南雲忠一中将率いる空母「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛龍」「翔鶴」「瑞鶴」の主力空母は連合艦隊が集結する択捉島に向かった。
十一月二十六日午前八時、択捉島の単冠湾(ひとかっぷわん)を出発した連合艦隊は一路ハワイ沖を目指して時化る荒波に悩まされながらも粛々と航海していた。
指揮艦空母「赤城」の南雲中将はこの航海がいつか回避されることを祈っていた。というより、本当にアメリカ軍に攻撃することへの不安を隠せなかった。
参謀を務めていた草鹿龍之介はそんな指揮官の心の内をなだめながら来たるべく総攻撃に胸を躍らせていた。
十二月二日、大本営から暗号電文が届いた。
「ニイタカヤマノボレ一二〇八」
太平洋航海中の連合艦隊全艦船に伝達された。けたたましく鳴る警笛の音に引き締まる思いで伝達を聞いていた海軍少尉磯村幸一は、搭乗していた空母「蒼龍」のデッキの上で敬礼しながら、山口多聞少将の訓示を聞いた。
作品名:「もう一つの戦争」 開戦と子育て 4 作家名:てっしゅう