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出雲古謡 ~少年王と小人神~  最終章 「国引きの御子」

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 志貴彦は彼を許したのだが、事代は「己が恥ずかしい」と言って閉じ込もってしまったのだ。
 どうも、困難に出会うと引きこもってしまうのが彼の癖であるようだった。

「……事代も、そのうち引っぱりだしてやらなきゃならないよなあ。あーでも、宮ができちゃったら、そうそう簡単には出歩けないし……」
 志貴彦が、困ったように呟いた時。
「……その時は、俺がお前の身代わりをしてやるよ」
 不意に、志貴彦の傍らに御諸が出現した。
「--よう、志貴彦。色々楽しかったな。面白かったぜ」
 言うと、御諸は頭に深くかぶっていた襲を脱いだ。
 今まで隠されていた、御諸の素顔が明らかになる。その顔は--。
「……僕?」
 志貴彦は、御諸の顔を指さして目を丸くした。襲を脱ぎ捨てた御諸は--顔も体型も、志貴彦と瓜二つだったのである。
「……こういう事さ。どうだ、もう、俺が誰だか分かるだろう?」
 御諸は、にっと笑う。志貴彦は無言で御諸を見つめていたが、やがて破顔した。
「……ああ。分かるよ。君は、もう一人の『僕』だ」
「そうさ。俺はお前の分霊--即ち、魂の一部だ。お前が後に『大国主』を名乗る時、共に『大物主』の名をいただく者だよ」
 言うと、御諸は右手を上げ、志貴彦の額の上にかざした。
「俺はお前の一番の味方だ。必要な時には、いつでも呼びな。俺は、お前の中にいる……」
 御諸の身体は消えかかり、やがて彼は志貴彦の中へ溶け込んだ。志貴彦の身体から飛び出した幸魂奇魂が、今また元の場所へ還ったのである。

「ふん。志貴彦の一番の味方は、このわしじゃ!」
 少彦名は、拗ねたように志貴彦の髪をひっぱった。
「わかってるよ、少彦名。僕達はずっと一緒で、これからも一緒なんだ!」
 志貴彦は少彦名をなだめるように言った。

 多くの者達が、自分を助け、支えてくれる。
 一人ではなく、こうして生かされている--結構……いや、かなり、幸せな人生かも知れない。
 大変な事は多いけど、楽しいこともいっぱいだ。
 きっと、これからも、もっと--。

「おお、志貴彦。夜が明けるぞ!」
 嬉しそうな少彦名の声がする。志貴彦はふりかえって東の山々を見た。
 山の稜線に、茜色の曙光が--「かぎろひ」が輝く。
「新しき、朝(あした)だね」
 光に目を細めながら、志貴彦は言った。
「……新しき年の初めじゃ。何をする? どこへ行く?」
「……どこへだって行けるさ。僕達は、いつまでも一緒なんだから……」
 昇り行く太陽が、志貴彦と少彦名を照らす。
 海は明るさを取り戻し、光を映して輝いた。

 万物を照らし、恵みと望みを与える太陽。
 --だが、その天から下される陽よりも、尊きもの。
 地上にあって、そこに輝くもの。

 大地の光は、ここにある。



 ……「今は、国は引きおえつ」とのりたまいて、意宇の社に、御杖つきたてて、
   「おゑ」とのりたまいき。
 ……出雲となづくるゆえは、八束水臣津野の命のりたまひしく、
   「八雲立つ」とのりたまひき。
   かれ、八雲立つ出雲と云う。

                            (出雲国風土記・抜粋)
                                     






『完』