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出雲古謡 ~少年王と小人神~  第六章 「雷神降臨」

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「わたくしは、建速須佐之緒(たけはやすさのお)。この死者の世界、『根の堅州国(ねのかたすくに)』の王です」
「あなたが、スサノオ……!?」
志貴彦は驚愕し、眼前の少女を見つめた。
ぬばたまの黒い御衣を纏った長い髪の娘子はたいそういとけなく、見た目だけなら、志貴彦よりも更に幼いのではないかとさえ思われた。

「やっと逢えましたわね。わたくしは、この時をずっと待っていたのですよ。八束志貴彦――わが子、よ」
「わ、わが子!?」
志貴彦は、仰天した。こんなあどけない――しかも、根の国の司に、『子』と呼ばれるなんて。
「……正確には、裔(すえ)です。遠い昔、わたくしがまだ高天原にいた頃――わたくしは兄である天照と誓約を行い、三人の女神を生成させました。地上に降りた、その女神の五世の神裔が水津姫(みづひめ)――あなたの母です」
「そんな……」
突然に明かされた真実に、志貴彦は呆然となった。
ずっと謎だった、母の出自。己の御祖(みおや)にあたるもの……それが、この目の前にいる、死の司だとは。

「地上では、たくさん怖い目に遭いましたね。でも、もう大丈夫。これからは、何も辛いことはありません。さあ、この御祖と共に、時のない国へ参りましょう」
艶やかな笑みをたたえたまま、須佐之緒は志貴彦に優雅な袖を差し伸ばした。
「えっ……?」
「わたくしが、この王が、永久にお前を守ってあげると言っているのです。さあ」
 須佐之緒は、志貴彦の腕を掴む。志貴彦は思わずその手を払いのけた。
「駄目だ!」
「……何故?」
 須佐之緒は振り払われた右手を胸に当て、不思議そうに訊いた。
「今は、まだ行けない。地上は、凄くごちゃごちゃしたことになったままなんだ。友達が、きっと心配して僕を待ってる。……帰らないと」
 志貴彦は真剣な瞳で須佐之緒に訴えた。
「--それは、仕方のないことです」
 須佐之緒はふと目を細め、冷淡に言い放った。
「初神(ういがみ)が、そうお決めになったのですから」
「『初神』……?」
 志貴彦は問い返す。
「始源神・天之御中主神は、始まりの時にお決めになられました。『あらゆるものの相克により、摂理と運命は定まる』と」
「『相克』?」
「万物が争いあうことにより、可能性を選びとる、ということです。……かつて天では日と月が相争い、勝利した日神・天照の世紀が始まりました。そして今も、水面下で高御産巣日神と神魂神による、天地の覇権をかけた争いが続けられています。--今回、天照が地上を奪うために雷神を降臨させたのは、その流れに従っただけの行為です。善悪は関係ありません」
 須佐之緒は淡々と告げた。
「そんな……なに、それ……ばかばかしい!」
 黙って話を聞いていた志貴彦は、呆れたように大声で叫んだ。
「そんな意味のないことの為に、皆がんばってるわけ!? くだらないな……だったら、そんなの、やめちゃえばいいのに」
「『やめる』……?」
 志貴彦に怒鳴られた須佐之緒は、不思議そうに小首をかしげた。
そしてふと、小声で笑いを漏らす。
「……ふ、ふふ、ふふふ。……お前は、本当に面白い子。今まで誰も、そんなことを言いませんでしたわ。……やはり、『異端の星』なのですわね」
 笑いながら、須佐之緒はどこか嬉しそうに言った。
「異端の星?」
「豊葦原に生まれ、地上にあって、大地をあまねく照らす者。天から下される光とは、異質の輝き……」
 須佐之緒はその腕を伸ばし、両手で志貴彦の顔を包んだ。
「……では、一つ聞きましょう。お前は、この混乱の末に、天地の神々が誰も探せなかった『答え』を導くことが出来ますか?」
 須佐之緒は、真摯な瞳で志貴彦を見つめる。
「--出来るかできないかはわからない。……でも、やってみるさ」
 志貴彦は迷うことなく、決然と答えた。
 須佐之緒は志貴彦の頬から手を放す。
「……それでは、お前を信じましょう。我らの血にかけて」
 須佐之緒は右手を掲げ、黄泉路の彼方を指さした。
「あちらへお行きなさい。どんなに暗闇が深く長くても、歩みを止めてはいけません。……けして、後ろを振り返らぬように」
「--わかった。ありがとう、御祖神」
 短く礼を言うと、志貴彦は教えられた通り、黄泉路の彼方へ向かって歩き出した。

「……異端の星よ。大地の霊威であり、国の魂であるものよ。大いなる国の王として--やがて『大国主』を名乗るがよい」
 去り行く志貴彦の背を見つめながら―-須佐之緒は、己の末裔に静かに言祝ぎを与えた。 






『第六章終わり 最終章へ続く』