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出雲古謡 ~少年王と小人神~  第六章 「雷神降臨」

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「……な、な、なんのことだ。私は、『事代』。『邇芸速日』などというものではない」
事代は慌てて言いつくろったが、建御雷は彼の陳腐な言い訳になど耳を貸さず、吐き捨てるように言った。
「天の使命をおろそかにし、地のものにこびへつらったと聞いていたが……ふん、いかにも情けない姿だ」
建御雷に軽蔑の眼差しを与えられると、事代は必死の形相で反駁した。
「――違う! お前たちは、何も分かっていないっ。空中に放り出され、天磐船に逃げられた俺が、案内のない地上で生きていく為に、どれ程苦労したか……! それを、勝手に裏切り者と断定したのは、高天原じゃないか!」
「……そうだ。それが高天原の――天照大御神の、やり方だ」
興奮する事代に対し、建御雷は冷酷に言い放った。
「ご自分の統治に一筋の乱れもお許しにならない大御神は、定めた秩序以外をお認めにならない。――お前は、今までその流れの中で、主流派としてぬくぬくと生きてきたのだろう」
建御雷の冷厳とした瞳に見据えられて、事代は思わず黙り込んだ。
「我ら軍神の一族は――秩序を乱しかねないほどの武威を持つが故に、祭祀派や呪術系が主流をとる高天原で、長い間不遇な扱いを受けてきた。……だがようやく、天照大御神の名の下に、重要なる使命を頂いたのだ。これを果たせば、我ら軍神の重要性が、高天原でも認められる」
「――俺だって、俺だって、天照大御神への忠誠は変わってないさ!」
 事代は、むきになったように叫んだ。
「……ほう?」
建御雷は、意外そうに呟く。
「ならば、証をみせてみろ」
「証、だと?」
「お前が真に、天命を忘れていないというのならば――その手で、地上の王を討て」
「なんだって!?」
事代は叫び、傍らの志貴彦を見た。
「出来るはずだ。……お前が、真の天津神だというのならな」
建御雷は、畳み掛けるように続ける。
「事代……」
志貴彦は、驚いた瞳で事代を見返した。
「……なんだい、今の話は。君が、僕を殺すの? どうして?」
「志貴彦、さま……」
事代は、苦渋に満ちた表情で、主の名を呟く。
「おい、事代! まさか、本気であの天津神やろうの口車に乗るんじゃねえだろうな!?」
傍にいた建御名方が、剣に手をかけてすごんだ。
「馬鹿なことはよすのじゃ、事代! おまえは、志貴彦に救われた身ではないか!」
志貴彦の頭上から、少彦名が大声で諭す。
「俺……おれ、は……」
 事代は、仲間達の視線を集めて、激しく狼狽した。
心理的に複雑な経緯はあったものの、志貴彦はとにもかくにも、「恩人」である。
建御名方や少彦名も、短い間ではあったが、一度は「仲間」となった者たちだった。
――もしも、もっと多くの時を共に過ごしたならば、「友」と呼べる相手になれたのかも知れない。
一度は天への復帰を諦め、地上で生きていこうと決めた、この身ではあった。
 だが――。

「……許してくれ! 俺はやっぱり、天津神なんだぁぁぁぁぁーーー!!!」
やけになったように叫び、事代は髪に巻いていた御統を志貴彦に投げつけた。

解けた事代の黒髪が、空に舞う。
投げられた御統が、志貴彦の額にぶつかった。
志貴彦の身体が、黄色い光に包まれる。
瞳が、うつろに光った。

そして――。

瞳をぱっくりと開けたまま、志貴彦は砂浜に崩れ落ちた。


冷たい浜に膝をつき、事代は両手で砂を握りしめた。
「……は、はは、俺は本当に『裏切り者』だ……。天の使命も果たせず、地の「仲間」をも売ってしまった……」
顔を引きつらせたまま、空ろな表情で、乾いた笑いを漏らす。
そんな事代を、建御雷は無言で見下ろしていた。
「志貴彦、志貴彦、しっかりするのじゃ!!」
倒れたまま動かぬ志貴彦を、少彦名は小さな手で必死に叩いた。
だが、目を開けたまま倒れた志貴彦は、微動だにしない。
「貴様……『御魂振り(みたまふり)』を使ったな!」
少彦名は、生まれて初めてといっていいほど、はっきりと敵意をこめて睨みつけた。
……『御魂振り』とは、一瞬で魂を黄泉へ送り込む、禁忌の御技である。
腐っても呪術神の主流派生まれの、『邇芸速日』だからこそ使えた技だともいえるが――これを発動されてしまった以上、蘇生させる術は、地上のどこにもなかった。
「このばかやろうが!!」
激昂した建御名方が、拳で事代の顔を殴る。物理攻撃には弱い事代は、抵抗も出来ず、そのまま砂浜に転がった。
「こんな真似しやがって……一番後悔するのは、てめえだぞ!」
建御名方は事代の髪を掴んで持ち上げ、なおもその顔を殴ろうとする。
しかしその時、横から冷静な声が聞こえた。
「……『仲間』を成敗している場合かな、国津神よ」
いつの間にか真横に出現していた建御雷が、建御名方を見下ろしていた。
「てめえ……!?」
建御名方は事代を放り捨て、立ち上がって、建御雷を睨み付けた。
「さっきから、好き勝手なことばっかしやがって……! そもそも、突然降りてきて、この地上を天孫へ差し出せだとう!? いったいてめえらは、何様のつもりだっっ」
「我は、大御神のご意思に従っているだけである」
「うるせー! この地上はなあ、大地に生まれたものたちの物なんだよ! お前らのやってることは、ただの侵略だろうが!」
「――ああ。そうだ」
建御名方は、口汚く建御雷を罵ったが、彼は動ずることもなく、あっさりと首肯した。
「だが、大御神のお決めになられた事である以上、それは『正しい』のだ。……拒むというのならば、実力で抗ってみるがよい。地上の武神よ」
「……言ってくれたな! やってやろうじゃねえか!」
叫び、建御名方は、建御雷の腕を掴む。――だが直後、逆に建御名方は投げ飛ばされ、地上の上に転がった。
「……どうしたのじゃ、建御名方!?」
様子がおかしいのに慌て、少彦名が叫ぶ。
「この野郎が……おかしな、真似を……!」
砂の上に膝をついて立ち上がりながら、建御名方は悔しげに喘いだ。
「ひっ」
起き上がった建御名方の腕を見て、少彦名は恐ろしげに悲鳴を上げた。
建御名方の腕は、真っ黒に焼け焦げていた。雷神の腕を掴んだ瞬間、雷撃に打ち抜かれてしまったのだ。
「――地上の武神とは、この程度か。勝負にもならぬな」
腕を組んで建御名方を見下げながら、建御雷は落胆したように言う。
天の軍神と、地の武神。――その実力には、あまりにも違いがありすぎた。


※※※※


……深く暗い闇路の果てに、志貴彦は一人で立っていた。
目の前には、大きな岩戸がある。
(この場所は……)
以前にも、来たことがあった。確か、建御名方に殺されかけた時にたどり着いた、黄泉路の果てだ。
「……ということは……なんだ、また死んじゃったのかあ」
志木彦は、ぼんやりと呟いた。我ながら、よく死にかける人生だ。注意力が散漫なのだろうか。
(さて、どうしようかな……)
立ち尽くしたまま、志貴彦は思い悩む。――しかしその前で突然、岩戸が低く鳴動し始めた。
 激しい轟音と共に、巨大な岩戸が開く。
「……ようこそ、おいでなさい」
開いた岩戸の向こうには、一人のあどけない娘子が立っていた。驚く志貴彦を見つめて、彼女は嫣然と微笑む。