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出雲古謡 ~少年王と小人神~ 第三章 「天からの落とし物」

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天上界・高天原。
 地上より遙か彼方の天空、たなびく雲の上には、天つ神々の国がある。
 白く分厚い雲の上には、そこに住まう神々の宮が立ち並んでいたが--その中でも、最も荘厳にして華麗なのが、高天原の主宰神・天照大御神のおわす「日ノ宮」であった。
 高天原の東端にあるこの宮には、いかに神族であっても、決して許可なく立ち入ることは出来ない。天上で最も神聖で高貴な場所の一つであった。
 --その「日ノ宮」の、最奥にある奥殿の中で。宮の主たる天照は、一人の高貴な客人を迎えていた。
 客の名は、高御産巣日神。高天原の最高権力者となった天照大御神でさえも、最高の敬意をもって遇さねばならぬ、造化三神の一柱であった。

「……ふ」
 神鏡・八尺鏡(やたのかがみ)を挟み、向かい合っていた高御産巣日神が、ふと笑いをこぼした。
「須佐之緒(すさのお)を根の国へおいやり、最大の障害であった月読(つくよみ)をも堕天させた。……もはや、天は完全にそなたのものではないか」
 言葉は皮肉に満ちていたが、その声には非難めいたものは混じっていなかった。むしろ、高御産巣日神の顔には、天照(あまてらす)を試すような笑いが浮かんでいる。
「……おかしなことを言われる」
 泰然と座したまま、天照は落ち着いて答えた。
「それでは、まるでこの我に野心があるかのようではないか」
「おや、違うとでも?」
 高御産巣日神が言うと、天照は、その秀麗な顔をわずかにしかめて見せた。
 不快な表情を浮かべてさえ、この青年神は実に美しい。
 天照の黒い切れ長の瞳には、常に高貴な光が満たされている。気高きその麗貌は、まさに、天の王となるべき生まれの者と、全てを納得させるに足るものであった。
「我ら、天津神は……」
 天を統べる日神は、言いながら立ち上がった。痩躯の長身には、金糸で日の紋様が描かれた白の神御衣(かんみそ)を纏っている。
「我らは、そういった心を否定された存在である。我が意志は、全て宇宙と大地の総意に基づかされるもの……それだけだ……」
 言いながら天照は、細い指で優雅に肩にかかった髪を払いのけた。彼の艶やかな長い黒髪は、幾つもの貴石をつかった金の簪で高く結い上げられている。
「……ふむ。まあ、私もそなたを主とする天の統治に同意しておるのだ。それでよいがな……」
 膝を崩しながら、高御産巣日神は言った。立ったまま、天照は高御産巣日神を見下ろす。
 「初神(ういがみ)」である天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)が姿を隠している以上、その次に世界に出現した高御産巣日神・神魂神の二神は、高天原の重鎮として、最も敬意を払うべき存在である。彼ら自身には自ら天を統べる意志はなく、後見と言う立場に回り--特に高御産巣日神は積極的に天照を擁護していたが--天照には、彼らに対する「違和感」が拭えないでいた。
 そもそも、天之御中主神・高御産巣日神・神魂神の造化三神は、「独り神」であり、無性神なのであった。便宜上、高御産巣日神などは壮年の男性の姿をとっていたが、明確な個性と言ったものはない。初めから最高美神として生み出された天照たちとは、存在を異にする神であった。

「で、天照よ。天を制した後は、何を統べるのか?」
 高御産巣日神が訊いた。天照は、瑕瑾なく整った美貌を崩すことなく、一言述べた。
「--地を」
「ふむ。……正しい」
 高御産巣日神は己の顎を掴みながら頷いた。
「だが、豊葦原は、未だ数多くの国津神が暴威を振るい、草木や動物がひどく騒いでおると聞く。この、暗黒で災いに満ちた地を平定するのに、どの神を遣わすか?」
「それは……」
 言いかけて、天照は傍に控えていた思兼神(おもいかねのかみ)に合図を送った。
 それまでおとなしく黙っていた思兼神が、高御産巣日神の前に進み出る。
「恐れながら。先日開かれました天安河での神集いの結果によりますと、邇芸速日(にぎはやひ)の命が相応しいかと……」
「邇芸速日?」
「天忍耳神(あめのおしほみみ)の息子であります。呪術にひときわ長けた神でありますゆえ……」
「--なるほど。……『あれ』を授けるのだな?」
 高御産巣日神は天照を見上げ、意味有り気に笑う。
「……そういうことになるでしょう」
 天照は、悠然と答えた。



「あーやだよなー、行きたくないよなーー」
 高天原の「門」にあたる、「天の石位」の前で。
 邇芸速日はあちらこちらとうろつきながら、やたらと一人でぶつぶつと文句を行っていた。
『……何言ってんですか。決まってしまったんだから、仕方ないでしょう』
 邇芸速日の傍に置かれていた、天磐船(あめのいわふね)--これは、文字通り石で出来た天船である。天神を乗せて空を渡ることを使命としていた--が呆れたように話しかけた。
『それに、名誉なお役目ではないですか。地を平定して天へ差し出すのです。成功すれば、ご主人様は一躍英雄ですよ』
「何が名誉なもんか!」
 邇芸速日は目を剥いて天磐船を怒鳴りつけた。
「いいか、お前は何も知らないんだ。地上ってのはな、恐ろしい所なんだ。高天原のような美しい秩序もないし、王もいない。いるのは、凶暴な国津神たちだけだ……」
 言いながら、邇芸速日は自分でも恐ろしくなってきてしまった。なまじ、悪友達に余計な知識を吹き込まれたから、おぞましい想像ばかりが逞しく膨らんでいってしまう。
「皆、地上になんか行きたくないんだよ! 誰一人見送りにもこないのが、いい証拠だっ。万一にも、関り合いになりたくないんだ……」
 情けなさと不安で邇芸速日はいっぱいだった。
 彼は高天原生まれの高天原育ち、生粋の天津神であったが、まだ若い神だった。人でいえば、十六、七歳くらいだろうか。確かにある程度の呪術は使えるが、あまりにも経験が浅い。並いる神々を押し退けて、何故そんな自分が選ばれたのかというと……。

「くそっ。あの日、神集いをさぼったばかりに。みんなして、俺に押しつけやがって」
 邇芸速日は、片足で足下の磐座を蹴飛ばした。ちょっとした怠慢が、彼の命運をわけてしまったのだ。
「どー考えても、左遷だ。都落ちだ。あーあ、高天原は良かったよなー。美しいし。平和だし。俺、生まれてこのかた戦争なんて、見たこともないよ。それを俺がやるのかよ、この俺が」
 邇芸速日は座り込み、頭を抱えた。彼は本来、陽気で社交的な、愛嬌のあるなかなかの美少年である。ただその分楽天的で、性質に甘い所があった。
『まあまあ、ご主人様。期待されてるってことですよ。その証拠に、そんな凄いもの授けて頂いたじゃないですか』
「これかあ?」
 邇芸速日は、足下に置いた小さな箱に視線をやった。この中には、「十種の神宝(とくさのかんだから)」が納められている。地上を平定する際用いるようにと、天照から与えられた天界の至宝だった。
「……ただの重圧だよ。こんなの。結局、逃げられなくさせられちまった」
 言いながら、彼は箱を持って立ち上がった。
『さ、ご主人様。いい加減で愚痴はよして、乗ってください。刻限を過ぎていつまでも留まっていると、最悪、反逆の意志あり、と疑われますよ』
「冗談じゃない! そんなことになったら、生きていられねーよ」