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出雲古謡 ~少年王と小人神~  第二章 「因幡の白兎」

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『おや、「誰」とはね。「何」とは聞かないか。さすがだねえ、少彦名の命』
 布は嬉しそうに言うと、ゆらゆらと揺れてみせた。そして、発光したまま、己の形状を変化させる。
「あっ……」
 呆気にとられる志貴彦の前で、布は志貴彦と同じ位の少年の姿に変化した。ただし、その「少年」は、頭からすっぽりと襲(おすい)のような白い布をかぶっており、顔がまったく見えない。

「君は……いったい……」
『俺は、幸魂奇魂(さきみたまくしみたま)さ』
 布少年は答えた。
「幸魂奇魂? なんだよ、それって……」
 志貴彦は光る少年を見つめたまま、頭をひねった。それは、彼の名前なのか、種族名なのか。とにかく、聞いたこともない言葉だった。
「少彦名、知ってる?」
 志貴彦は、傍らに立つ小さな友に尋ねた。
「--知らぬ。じゃが、これは尋常ならざるものじゃ……それは分かる」
 言うと、少彦名はいつになく険しい顔で幸魂奇魂に言った。
「お主、何をしにきたのじゃ?」
『おや、恐いねえ。……いいことを教えてあげにきたのにさ』
 幸魂奇魂はからかうように言った。
「いいこと?」
『そうさ。八束志貴彦、お前、今すぐここから逃げたほうがいいぜ』
「逃げる? 僕が? ……なんでさ」
 志貴彦はきょとんとして聞いた。
『お前の兄達が、お前を殺そうと画策している。……夜明けまでに』
 幸魂奇魂は、先ほどまでとは打って変わった重々しい声音で志貴彦に告げた。
「兄さん達が……僕を?」
『信じられないかい?』
 志貴彦は腕を組み、暫し考え込んだ。傍らで、少彦名が心配そうに志貴彦を見上げている。
「……まあ、あの人たちのことだから、まったくありえないこととも思わないけど……けど、なんで、今になって急に」
『運命は動いていくのさ。お前の意志にかかわりなく。それが嫌なら、お前は選ばなくてはならない。……信じるものと、そうでないものを』
 語る幸魂奇魂は、まるで志貴彦の未来を見透かしているかのようだった。「幸魂奇魂」とは、もしかしたら巫のことなのかもしれない、と志貴彦は心の片隅で思った。
「……信じろというのかい。僕に、君を」
 志貴彦は試すように聞く。幸魂奇魂は、光る布をひらひらと揺らしながら答えた。
『だから、それを選ぶのさ。ほかの誰でもない、お前自身がな--八束志貴彦』



 --夜明け前。
 空の色が、濃紺から群青へ変わる頃。
 長の御館の奥深く、御簾の内で、八上姫は一人、両手に持った鏡を見つめていた。
 静寂に満ちた御簾の内と違い、円鏡の向こうはひどく騒がしい。
『志貴彦がいないぞ!』
『……あいつ、逃げたんだ。荷物もなくなってるっ』
『いいから、早く探せ!今なら、まだそれほど遠くまでは行ってないはずだ!』
 姫の持つ神鏡は、八兄弟の醜い狼狽と焦燥を忠実に写し出していた。
「ふふふ……やってるわ、やってるわ」
 八上姫は、その大人びた美貌とは対照的な幼い口調で、鏡を見ながらひとりほくそえんだ。
「あたしの『うーちゃん』にひどいことしたお返しよ。せいぜい身内で争いあうがいいわ……」
 姫の傍らには、白い衣に包まれた哀れな兎がいる。あかむけた兎の肌は、まだ当分治りそうになかった。
「でも、うーちゃんも馬鹿なのよ。勝手に散歩になんていくからこんなことに……」
 姫は兎をさすりながら言った。
「ごめんね、姫。ちょっとやつらを見てみたかったんだ。でも、さすがは姫だ。なんて賢い方法で杵築のやつらに仇をとってくれたんだろう」
 兎は姫にすりより、わざと甘えたように言った。
「ふふふ、みんなあたしの見た目にごまかされるのよね。自慢じゃないけど、他人を陥れる悪知恵にはことかかないのよ。まあ、うーちゃんも役に立ってくれたわ。元々結婚なんてしたくなかったのよね。ちょうどいい厄介払いができちゃった」
「でも姫。これだと、あのガキ家に帰れなくなっちゃったんじゃないの?」
「さあ。そうかもしれないけど。どのみち知ったこっちゃないわ。あたしには関係ないもんねー」
 鏡に向かって舌を出すと、八上姫は兎を抱き上げ、勝ち誇ったように笑った。







『第二章終わり 第三章へ続く』