Hysteric Papillion 第16話
「薫さんっ!」
「あら、何?」
気合入れて真夜中にこう叫んだ私。
それに髪を拭きながら応答する薫さん。
私ってけっこう変な人かも…というか、もうすでに変な人なんだけど…。
薄いピンク色のネグリジェを着ている薫さんは、首をかしげて隣に座る。
そのネグリジェにも、例の『Papillion』の印が入っている。
虹色の蝶じゃないけど、小さな蝶の模様がボタンや袖の終わりに白や薄い青色でプリントしてあるふんわりしたイメージのネグリジェ。
どうやら、薫さんはこのブランドがお気に入りのようだ。
…と、まあそれは置いておくとして。
時計は1時、まさしく大人な時間。
シチュエーション?を整えようと、とりあえず、よくワケのわからないテレビ番組を切る。
そして、きちんと薫さんの前に正座して、ぺこっと頭を下げる。
薫さんはその姿を見ながら、くすくす笑う。
「どうしたの、お辞儀の練習?」
「あの…」
「なあに?」
「えっと…ですね…」
こ、こういうのは勢いで言ってしまわないと後悔するっていうか、とにかく言え!というか…。
だから。
えっと、えっと、えっとえっとえっとえっと―――――っ!!
「…だいじょぶ?ベッド用意してあるから、寝た方がいいんじゃない」
『酔いが回りすぎてるのよ』って、心配されてどーすんだよ、私!!
言え、言え、言えっつったら言え!!
「薫さん!」
「はい?」
あの、そ、そういう気の抜けるような返答されるとこっちも…。
「さっきから呼びかけるだけ、何をしたいの?宥稀ちゃん?」
「…薫さん、私のことどう思ってるんですか?」
……。
……。
…あ、あれ、私、こんなこと言いたかったんだっけ?
あー、まあいいや、薫さん、なんか目をパチパチさせている。
でも、すぐににっこり、プラス決まりきったみたいに、頭をなでなでしてくれる。
「もし嫌いなら君を家まで誘拐してこないんだけどな」
まるで幼稚園児を諭すような、柔らかくてゆったりした話し方。
同じ年の桔平ちゃんにだって、こうやって喋ってなかったのに、どうして私には、こんなふうに子ども扱いして喋ってくるんだろう。
さっきまでは、単に『お願いしたい』というだけだったのに…何か、妙にいらだってきた。
「やっぱり…なんか違うよ」
「違う?」
「私、子供として薫さんのそばにはいたくないよ」
そう、私は薫さんの子供としてこのマンションにきたんじゃない。
うん、少なくとも、恋人としてきたはずだ。
「子供にはキスしないわよ」
あきれ果てた声。
薫さんは、少し眉を吊り上げていた。
細くてきれいな眉の間、眉間にしわがほんの少しだけできる。
「子供だなんて思ってないって言ったら少し嘘になるけど、少なくとも君の事は大好きよ」
「好きとかそういうのじゃなくて、桔平ちゃんに話すのと、私に話すのとだったら、何か違うし、私に何かあったらすぐ心配するし…高校生はもうすぐ大人だよ、その気になれば、今すぐにだって…」
「それは、宥稀ちゃんが今すぐにだって、大人になりたいっていうこと?」
ため息をつきながら、困ったような喋り方の薫さん。
「なれるよ。だから、これ以上子ども扱いされたくない…」
「君は、大人になるってどういうことかわかってる?」
優しい声だけど、声のトーンが少し低められる。
薫さんの腕が私を引き寄せて、私は薫さんの体の中に倒れこむ。
「私自身まだまだ子供だって自分で思ってるよ。人間はね、体だけすぐ大人になって、心はいつまでたっても子供のままなんだから」
「薫さんは、大人だよ」
だって、すごく落ち着いてるし、言葉も大人の言葉だし、仕事してるし…。
どこも欠けている場所なんてないって思ってたのに。
薫さんみたいな大人になりたいと思っているのに。
「ううん、全然子供よ。私あまり両親から愛されてなかったから、家族もあんまりわかんなくて、すごく寂しがり屋なんだから。言ったでしょ?君がいるから食事作る気になったって…」
「薫さん…家族、ほしかったの?」
「まあ…ね。一緒にご飯食べて、話が出来る人が欲しかったの。そして、こうやって…」
と言って、唇を軽く触れさせる。
ぷるんとした薫さんの唇、ほんと、ゼリーみたいに吸い付いてきて気持ちいい。
「キスしてくれる人も…だから、まだ大人になんてなれてないんだよ」
そういう薫さんの顔が、あの時の、私が『ヘテロとかにどうして詳しいの?』と聞いた時のあの悲しみの入った笑顔になっていたから。
だから、私はちょっと涙腺が緩んだ。
つうっと一筋涙がこぼれて、冷たい感触が太ももに感じられる。
「…宥稀ちゃん?」
「薫さんも、一緒だったんだ」
そう、私も家族がほしかった。
話してくれる人が、愛してくれる人がほしかった。
薫さんは、私と似ていた。
だから、こうして惹かれあったのかもしれない。
薫さんの首筋にしがみつくようにして、肩をギュウッと抱きしめる。
「私ね、ずっと薫さんと一緒にいるよ。だって…私は薫さんの、家族だもん」
で、気づいたころには……朝ぁ!?
思い切りフローリングの上に横になって、ふわふわのタオルケットにくるまれて、眠ってたみたい。
すぐそこに薫さんがいてくれて、何か目を開けたとき、そりゃあすごくうれしかったんだけど…。
気づけばもう11時過ぎ。
昨日の夕食が遅かったからと、隣で体を起こして雑誌を読んでいた薫さんと一緒に昼食兼朝食という『ブランチ』系の食事を取ることになった。
チーズがとろっと流れ出すホットサンドに、半熟の目玉焼きが2つ、刻んだキャベツがたっぷりの上に、カリカリのベーコン、それにクラムチャウダーという結構ボリュームたっぷりの昼御飯。
「いただきまーす」
ろくに冷まさずに食べたホットサンドのチーズで口の中を火傷しそうになりながら、それを薫さんに笑われながら、何だか私は幸せだった。
『どう幸せなの?』って訊かれても、たぶん答えられないと思う。
お金とかそういうんじゃない、むずかしい言葉で言えば、『精神的な幸せ』って言うのだろうか。
心の中がほくほくしてくる幸せのせいで、思わず私は、目玉焼きにコショウをかけている薫さんの顔を、スプーンをくわえたまま見つめてしまっていた。
「…どうかした?」
「ううん、なんでもないです」
どうかした?と尋ねてきた薫さんだったけど、明らかに薫さんのほうが様子がおかしい。
ふわあ…と、たまにあくびをしながら、ごしごし目を擦っている。
「…あの、薫さんどうかしたんですか?」
「ということは、君は昨日のこと、なぁんにも覚えてないんだ?」
き、昨日のこと?
「私、何かしましたか?」
「あら、何?」
気合入れて真夜中にこう叫んだ私。
それに髪を拭きながら応答する薫さん。
私ってけっこう変な人かも…というか、もうすでに変な人なんだけど…。
薄いピンク色のネグリジェを着ている薫さんは、首をかしげて隣に座る。
そのネグリジェにも、例の『Papillion』の印が入っている。
虹色の蝶じゃないけど、小さな蝶の模様がボタンや袖の終わりに白や薄い青色でプリントしてあるふんわりしたイメージのネグリジェ。
どうやら、薫さんはこのブランドがお気に入りのようだ。
…と、まあそれは置いておくとして。
時計は1時、まさしく大人な時間。
シチュエーション?を整えようと、とりあえず、よくワケのわからないテレビ番組を切る。
そして、きちんと薫さんの前に正座して、ぺこっと頭を下げる。
薫さんはその姿を見ながら、くすくす笑う。
「どうしたの、お辞儀の練習?」
「あの…」
「なあに?」
「えっと…ですね…」
こ、こういうのは勢いで言ってしまわないと後悔するっていうか、とにかく言え!というか…。
だから。
えっと、えっと、えっとえっとえっとえっと―――――っ!!
「…だいじょぶ?ベッド用意してあるから、寝た方がいいんじゃない」
『酔いが回りすぎてるのよ』って、心配されてどーすんだよ、私!!
言え、言え、言えっつったら言え!!
「薫さん!」
「はい?」
あの、そ、そういう気の抜けるような返答されるとこっちも…。
「さっきから呼びかけるだけ、何をしたいの?宥稀ちゃん?」
「…薫さん、私のことどう思ってるんですか?」
……。
……。
…あ、あれ、私、こんなこと言いたかったんだっけ?
あー、まあいいや、薫さん、なんか目をパチパチさせている。
でも、すぐににっこり、プラス決まりきったみたいに、頭をなでなでしてくれる。
「もし嫌いなら君を家まで誘拐してこないんだけどな」
まるで幼稚園児を諭すような、柔らかくてゆったりした話し方。
同じ年の桔平ちゃんにだって、こうやって喋ってなかったのに、どうして私には、こんなふうに子ども扱いして喋ってくるんだろう。
さっきまでは、単に『お願いしたい』というだけだったのに…何か、妙にいらだってきた。
「やっぱり…なんか違うよ」
「違う?」
「私、子供として薫さんのそばにはいたくないよ」
そう、私は薫さんの子供としてこのマンションにきたんじゃない。
うん、少なくとも、恋人としてきたはずだ。
「子供にはキスしないわよ」
あきれ果てた声。
薫さんは、少し眉を吊り上げていた。
細くてきれいな眉の間、眉間にしわがほんの少しだけできる。
「子供だなんて思ってないって言ったら少し嘘になるけど、少なくとも君の事は大好きよ」
「好きとかそういうのじゃなくて、桔平ちゃんに話すのと、私に話すのとだったら、何か違うし、私に何かあったらすぐ心配するし…高校生はもうすぐ大人だよ、その気になれば、今すぐにだって…」
「それは、宥稀ちゃんが今すぐにだって、大人になりたいっていうこと?」
ため息をつきながら、困ったような喋り方の薫さん。
「なれるよ。だから、これ以上子ども扱いされたくない…」
「君は、大人になるってどういうことかわかってる?」
優しい声だけど、声のトーンが少し低められる。
薫さんの腕が私を引き寄せて、私は薫さんの体の中に倒れこむ。
「私自身まだまだ子供だって自分で思ってるよ。人間はね、体だけすぐ大人になって、心はいつまでたっても子供のままなんだから」
「薫さんは、大人だよ」
だって、すごく落ち着いてるし、言葉も大人の言葉だし、仕事してるし…。
どこも欠けている場所なんてないって思ってたのに。
薫さんみたいな大人になりたいと思っているのに。
「ううん、全然子供よ。私あまり両親から愛されてなかったから、家族もあんまりわかんなくて、すごく寂しがり屋なんだから。言ったでしょ?君がいるから食事作る気になったって…」
「薫さん…家族、ほしかったの?」
「まあ…ね。一緒にご飯食べて、話が出来る人が欲しかったの。そして、こうやって…」
と言って、唇を軽く触れさせる。
ぷるんとした薫さんの唇、ほんと、ゼリーみたいに吸い付いてきて気持ちいい。
「キスしてくれる人も…だから、まだ大人になんてなれてないんだよ」
そういう薫さんの顔が、あの時の、私が『ヘテロとかにどうして詳しいの?』と聞いた時のあの悲しみの入った笑顔になっていたから。
だから、私はちょっと涙腺が緩んだ。
つうっと一筋涙がこぼれて、冷たい感触が太ももに感じられる。
「…宥稀ちゃん?」
「薫さんも、一緒だったんだ」
そう、私も家族がほしかった。
話してくれる人が、愛してくれる人がほしかった。
薫さんは、私と似ていた。
だから、こうして惹かれあったのかもしれない。
薫さんの首筋にしがみつくようにして、肩をギュウッと抱きしめる。
「私ね、ずっと薫さんと一緒にいるよ。だって…私は薫さんの、家族だもん」
で、気づいたころには……朝ぁ!?
思い切りフローリングの上に横になって、ふわふわのタオルケットにくるまれて、眠ってたみたい。
すぐそこに薫さんがいてくれて、何か目を開けたとき、そりゃあすごくうれしかったんだけど…。
気づけばもう11時過ぎ。
昨日の夕食が遅かったからと、隣で体を起こして雑誌を読んでいた薫さんと一緒に昼食兼朝食という『ブランチ』系の食事を取ることになった。
チーズがとろっと流れ出すホットサンドに、半熟の目玉焼きが2つ、刻んだキャベツがたっぷりの上に、カリカリのベーコン、それにクラムチャウダーという結構ボリュームたっぷりの昼御飯。
「いただきまーす」
ろくに冷まさずに食べたホットサンドのチーズで口の中を火傷しそうになりながら、それを薫さんに笑われながら、何だか私は幸せだった。
『どう幸せなの?』って訊かれても、たぶん答えられないと思う。
お金とかそういうんじゃない、むずかしい言葉で言えば、『精神的な幸せ』って言うのだろうか。
心の中がほくほくしてくる幸せのせいで、思わず私は、目玉焼きにコショウをかけている薫さんの顔を、スプーンをくわえたまま見つめてしまっていた。
「…どうかした?」
「ううん、なんでもないです」
どうかした?と尋ねてきた薫さんだったけど、明らかに薫さんのほうが様子がおかしい。
ふわあ…と、たまにあくびをしながら、ごしごし目を擦っている。
「…あの、薫さんどうかしたんですか?」
「ということは、君は昨日のこと、なぁんにも覚えてないんだ?」
き、昨日のこと?
「私、何かしましたか?」
作品名:Hysteric Papillion 第16話 作家名:奥谷紗耶