Hysteric Papillion 第15話
「先に上がっててちょうだい。そこの階段上がったらすぐだから」
チリンッと鈴の音がした。
薫さんがポケットから手渡してくれたのは、鍵だった。
手のひらにしっかり納まる玄関の鍵。
小さなピンク色の貝殻キーホルダーがついていて、鈴の音が涼しく響く。
真夜中の海は、すごく穏やかで、波の音も胸の中をスッとさせてくれる。
心が洗い流されるってこういう感じなのかなぁ…って、うわぁ…すっごいきれいなマンション。
3階建てかな、まだまだ新築みたいだけど。
やっぱ薫さんらしいよ、ちょっとヨーロッパの町並みみたいな雰囲気がするところに、こんな立派なマンション持ってるんだもの。
薫さんが指差した方向の階段を上ると、すぐに部屋があった。
もちろん、他にも2つドアが並んでいるのはわかったけど、ちゃんとその中に「新堂 薫」っていう名前のネームプレートが掛けてあったから、間違いなく鍵を開けることは出来た。
自分の荷物を部屋の隅に置くと、ぐるりと回ってみた。
へえ…結構さっぱりしてるんだ。
あんまり物置くの、好きじゃないみたい。
見事に何も、ない。
でも、ポイントポイントで壁に絵を飾ったり、キッチンのテーブルに一輪ざしとか、相変わらずセンスの良さが決まっている。
でも、自炊は嫌いなのか、キッチンには市販のお弁当の包みがゴミ箱に山積みだった。
食べ物らしきものも全然置いてないし。
…もったいない、これだけきれいでセンスいい部屋なのに。
でも…あれ?
確か、一緒に夕食食べようとか言ってたような気が…。
そこに、残りの私の荷物を持って部屋にあがってきた薫さんの第一声、
「先にお風呂入ってきていいよ」
にしたがって、私は下着とパジャマを持って、キッチンから歩いてまっすぐのところのバスルームのドアノブをひねった。
…はあ。
…って、どうしてため息をついてるのだろう。
そりゃ…少しは期待していましたとも。
薫さんと一緒にお風呂は入れるかなぁ…なんて。
お風呂に誰かと一緒に入りたいなんて、考えたこともなかった。
…確かに、『マンションのお風呂って狭いから』とか、『遅いし、ゆっくり入らせてあげたいの』とか、薫さんにも『一緒に入らない』理由はいろいろありそうだし…。
と思いながら、濡らした髪の毛に、そばにあったシャンプーを手に取り、髪の毛に絡める。
ベタベタしない、スカッとした今の私のような匂いだった。
ちなみに、電車の中で感じた薫さんの髪からの匂いと同じものだ。
顔がにやける。
私は、熱のあるおでこを冷やすみたいに、ゴツンッと薄く曇った鏡に何度もおでこをぶつけていた。
鏡には、子供っぽい薄い胸の体の子供が映っているみたいだった。
「ちょっと待ってね、飲み物出すから…はい、どうぞ♪」
と言って、湯上りの私の手に、缶を1つ掴ませた。
エプロン姿の薫さんは、何か意味ありげににこーっと笑顔。
そして、手のひらには、ひんやりした金属の感触と、滑り落ちていく水滴。
それに、奇妙にカラフルなラベルに、『20を過ぎてから』という注意書き。
ってこれ…缶ビール…ですか…。
本当、今のは薫さんの行動は、世の中の大人(特に40代後半のおじさん)が知ったら、『何考えてる!!』みたいな行動だった。
それはそうです。
これからの日本を担わなければならない(?)高校生に、お酒をわざわざ勧めるなんて、ね。
と言っても、
「あ…ありがとうございます」
と、受け取った私も私で、『冗談も程々にしろ!!』と、あの叔父さんたちになら、怒られていたかもしれないと思う。
でも。
でも、もうそんなことは、関係ない。
私には、薫さんとの新しい生活が待っているんだから。
「それでは、宥稀ちゃんと私の出会いに、かんぱーい!」
2人で缶ビールを開けて、軽く触れ合わせてから半分くらい一気に喉に流し込む。
初めて飲んだときみたいなピリピリした感じが蘇えってきた。
リビングの小さなテーブルに、一輪挿しのピンク色の花をはさんで、二人で向かい合って。
フローリングの床にじかに座ると、お風呂上りの火照った肌に、ひんやりとした冷気が染みとおっていく。
時計はもう、12時を回っていた。
「口に合うといいんだけど…ちょっとヘビーかな?」
片ひざを立てて、ソファに背をもたせるようにして、ビールを流し込む薫さんはウインクをしてきた。
って、ダ…ダメだよぅ、そんなことしたら。
ホントにきれいすぎて…私はまた、おのろけに走ってしまいそうになるんですから…。
「あの…宥稀ちゃん?」
「あ、はい、いただきますっ!」
目の前に並んでいるのは、ホクホクに煮えて、甘い匂いがする肉じゃが。
焦げ目がいい感じについた魚の照り焼き。
それに湯気の上がっているお味噌汁と真っ白なご飯に…。
どうしてか、その真ん中に積まれているのは…フライドポテト?
あまりそれを気にせずに、ほんのりしょうゆ色のじゃがいもを割って口に入れると、ほろほろとほぐれて、笑顔になってしまう。
「おいしい?」
「はいっ!料理、お上手なんですね?」
「まあね。ちょっと自信あり」
「でも、その割に…」
と、視線をちらっとゴミ箱へ。
「あ…痛いところついてくれるじゃない」
そう言うと、薫さんは、ひざをよじるようにして私の隣にやってきて、コツンと頭を右肩にぶつけてきた。
「一人だと、何作っても食べ甲斐ないでしょ?でもね、これからは、君がいるから、一緒においしいもの食べたいって思ったの」
…そんなこと、そうやってあっさり言われると…ダメ…です。
顔が真っ赤になってきたのを隠すように、髪をワシワシとかきあげて、視線をそーっと逸らす。
だけど、すぐに薫さんに『こらぁっ!』と戻されてしまい、前よりももっと密着した位置に顔がくる。
それを紛らわすように、この食卓の中で唯一『異色』を放っているフライドポテトに手を伸ばす。
すると、薫さんは『ダ~メ♪』と、その手をガシッと掴んだ。
「それはね、特別なフライドポテトなの」
「…はあ」
…って、何がどこが??
これは、どう見ても、家庭で一般的に食べられているフライドポテトのはず。
ギザギザの入っていない方で、すらっと細長くて、ちょっと一口では大きすぎるけど。
「これはね…こうするの」
と言った薫さん、膝立ちになって、口にポテトを一本くわえる。
チリンッと鈴の音がした。
薫さんがポケットから手渡してくれたのは、鍵だった。
手のひらにしっかり納まる玄関の鍵。
小さなピンク色の貝殻キーホルダーがついていて、鈴の音が涼しく響く。
真夜中の海は、すごく穏やかで、波の音も胸の中をスッとさせてくれる。
心が洗い流されるってこういう感じなのかなぁ…って、うわぁ…すっごいきれいなマンション。
3階建てかな、まだまだ新築みたいだけど。
やっぱ薫さんらしいよ、ちょっとヨーロッパの町並みみたいな雰囲気がするところに、こんな立派なマンション持ってるんだもの。
薫さんが指差した方向の階段を上ると、すぐに部屋があった。
もちろん、他にも2つドアが並んでいるのはわかったけど、ちゃんとその中に「新堂 薫」っていう名前のネームプレートが掛けてあったから、間違いなく鍵を開けることは出来た。
自分の荷物を部屋の隅に置くと、ぐるりと回ってみた。
へえ…結構さっぱりしてるんだ。
あんまり物置くの、好きじゃないみたい。
見事に何も、ない。
でも、ポイントポイントで壁に絵を飾ったり、キッチンのテーブルに一輪ざしとか、相変わらずセンスの良さが決まっている。
でも、自炊は嫌いなのか、キッチンには市販のお弁当の包みがゴミ箱に山積みだった。
食べ物らしきものも全然置いてないし。
…もったいない、これだけきれいでセンスいい部屋なのに。
でも…あれ?
確か、一緒に夕食食べようとか言ってたような気が…。
そこに、残りの私の荷物を持って部屋にあがってきた薫さんの第一声、
「先にお風呂入ってきていいよ」
にしたがって、私は下着とパジャマを持って、キッチンから歩いてまっすぐのところのバスルームのドアノブをひねった。
…はあ。
…って、どうしてため息をついてるのだろう。
そりゃ…少しは期待していましたとも。
薫さんと一緒にお風呂は入れるかなぁ…なんて。
お風呂に誰かと一緒に入りたいなんて、考えたこともなかった。
…確かに、『マンションのお風呂って狭いから』とか、『遅いし、ゆっくり入らせてあげたいの』とか、薫さんにも『一緒に入らない』理由はいろいろありそうだし…。
と思いながら、濡らした髪の毛に、そばにあったシャンプーを手に取り、髪の毛に絡める。
ベタベタしない、スカッとした今の私のような匂いだった。
ちなみに、電車の中で感じた薫さんの髪からの匂いと同じものだ。
顔がにやける。
私は、熱のあるおでこを冷やすみたいに、ゴツンッと薄く曇った鏡に何度もおでこをぶつけていた。
鏡には、子供っぽい薄い胸の体の子供が映っているみたいだった。
「ちょっと待ってね、飲み物出すから…はい、どうぞ♪」
と言って、湯上りの私の手に、缶を1つ掴ませた。
エプロン姿の薫さんは、何か意味ありげににこーっと笑顔。
そして、手のひらには、ひんやりした金属の感触と、滑り落ちていく水滴。
それに、奇妙にカラフルなラベルに、『20を過ぎてから』という注意書き。
ってこれ…缶ビール…ですか…。
本当、今のは薫さんの行動は、世の中の大人(特に40代後半のおじさん)が知ったら、『何考えてる!!』みたいな行動だった。
それはそうです。
これからの日本を担わなければならない(?)高校生に、お酒をわざわざ勧めるなんて、ね。
と言っても、
「あ…ありがとうございます」
と、受け取った私も私で、『冗談も程々にしろ!!』と、あの叔父さんたちになら、怒られていたかもしれないと思う。
でも。
でも、もうそんなことは、関係ない。
私には、薫さんとの新しい生活が待っているんだから。
「それでは、宥稀ちゃんと私の出会いに、かんぱーい!」
2人で缶ビールを開けて、軽く触れ合わせてから半分くらい一気に喉に流し込む。
初めて飲んだときみたいなピリピリした感じが蘇えってきた。
リビングの小さなテーブルに、一輪挿しのピンク色の花をはさんで、二人で向かい合って。
フローリングの床にじかに座ると、お風呂上りの火照った肌に、ひんやりとした冷気が染みとおっていく。
時計はもう、12時を回っていた。
「口に合うといいんだけど…ちょっとヘビーかな?」
片ひざを立てて、ソファに背をもたせるようにして、ビールを流し込む薫さんはウインクをしてきた。
って、ダ…ダメだよぅ、そんなことしたら。
ホントにきれいすぎて…私はまた、おのろけに走ってしまいそうになるんですから…。
「あの…宥稀ちゃん?」
「あ、はい、いただきますっ!」
目の前に並んでいるのは、ホクホクに煮えて、甘い匂いがする肉じゃが。
焦げ目がいい感じについた魚の照り焼き。
それに湯気の上がっているお味噌汁と真っ白なご飯に…。
どうしてか、その真ん中に積まれているのは…フライドポテト?
あまりそれを気にせずに、ほんのりしょうゆ色のじゃがいもを割って口に入れると、ほろほろとほぐれて、笑顔になってしまう。
「おいしい?」
「はいっ!料理、お上手なんですね?」
「まあね。ちょっと自信あり」
「でも、その割に…」
と、視線をちらっとゴミ箱へ。
「あ…痛いところついてくれるじゃない」
そう言うと、薫さんは、ひざをよじるようにして私の隣にやってきて、コツンと頭を右肩にぶつけてきた。
「一人だと、何作っても食べ甲斐ないでしょ?でもね、これからは、君がいるから、一緒においしいもの食べたいって思ったの」
…そんなこと、そうやってあっさり言われると…ダメ…です。
顔が真っ赤になってきたのを隠すように、髪をワシワシとかきあげて、視線をそーっと逸らす。
だけど、すぐに薫さんに『こらぁっ!』と戻されてしまい、前よりももっと密着した位置に顔がくる。
それを紛らわすように、この食卓の中で唯一『異色』を放っているフライドポテトに手を伸ばす。
すると、薫さんは『ダ~メ♪』と、その手をガシッと掴んだ。
「それはね、特別なフライドポテトなの」
「…はあ」
…って、何がどこが??
これは、どう見ても、家庭で一般的に食べられているフライドポテトのはず。
ギザギザの入っていない方で、すらっと細長くて、ちょっと一口では大きすぎるけど。
「これはね…こうするの」
と言った薫さん、膝立ちになって、口にポテトを一本くわえる。
作品名:Hysteric Papillion 第15話 作家名:奥谷紗耶