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マオミの部屋

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マオミの部屋





 カチカチカチカチカチカチ。カチカチ。カチカチ。カチ。とやったところで僕は自分がトイレの電気を点けては消してをずっと繰り返していることに気付いた。気付いたけれど、またスイッチを押してしまった。カチ。と言って電気が消えた。不思議だ、とまた思った。カチ。電気が点いた。やはり不思議だ。僕は思う。どうして指先に力を少し込めるだけで小さな空間を、小さな空間の小さな僅かな隙間でさえ照らすほどの光が生まれるのだろうか。なんとも言えない。カチカチカチカチ。指先を動かすだけで出来ることなら他にもいくつかある。例えば、引き金を引くのだって指先だけだし、携帯電話で文字を打つのも指先だ。でも、まだその二つのほうがすんなりと理解出来そうだ。鍛錬を積んだ剣士だって、指先一つでばきゅん! 拳銃の話。大好きなあの子に愛の告白だ送信! メールの話。なんとなく理屈でわかる。想像の中で拳銃を引く音と携帯電話を打つ音が鳴る。指先から音色に繋がる。しかし、カチカチから電気が点くことだけは理解できない。元々この乾いたような素晴らしいカチカチという音色は光を点すというより、空間でしかないような気がする。作用するというより、存在だ。付属されているものではない。存在。だから、納得がいかない。そうやって、またカチカチ、点けては消してを繰り返していると、後頭部をチョップされた。見事な手刀だった。何だ、と思い振り返ると愛しいマオミが怪訝な顔をして僕を見ていた。何、マオミ。

「何じゃない。電気代がもったいないでしょう」と、マオミが言った。ごめんなさい。確かにもったいないです。
「でも、気になるんだ」
「何が、よ」
「カチカチって、こうやってスイッチを押すだけで電気が点く意味がどうしてもわからないんだ」
マオミは少しだけ考えてから、
「電気屋さんに感謝すれば?」と言った。ありがとう電気屋さん。と僕は思った。



 凄く嫌だな、と思うのは僕が家で一人でいるときだ。マオミの帰りを待っているときだ。マオミの部屋に僕のものは何もない。ここに来てから気付いたのだが、マオミと僕の趣味は殆ど正反対だ。お互いが、暗黙の了解でお互いの好きなものを嫌おうとしたみたいだった。マオミはゲームを全くしない。小説ばかり読む。マンガを嫌っている。ベジタリアン。風呂は必ず朝に入る。洗うのは右腕から。テレビはニュースしか見ない。裸眼じゃ殆ど目が見えない。第一、男と女だ。
 けど、これって凄く便利だ。手を繋ぐときなんて、僕は左側にいて、右手を差し出さなきゃ絶対に落ち着かない。マオミは右側にいて、左手でなければ気が狂いそうになるという。一度試しに、僕が右側、マオミが左側、で手を繋いで外を歩いていたのだが、結局他愛の無いことから喧嘩になってしまった。何が悪いとかそういうわけではない。ないのだが、悪いものを強いてあげるとするならば、その時行った全てだろう。良いものが何一つ無かったから悪くなった。そんな感じだ。
 人間には、無意識に守りたい左右というのが存在しているらしい。よく知らない。マオミが詰まらなさそうに言っていたことだ。前髪の分け方とかでわかるらしい。七三で、七のほうが守りたい方らしい。だから、何かを自白させたい時や、責めたいときなんかは、守りたいほうを攻めたり圧迫したりすると相手は参ってしまうそうだ。無意識のなんたら。マオミの言葉なのに上手く思い出せない。僕にも欠陥の一つはある。きっと僕にとって守りたい左右は、左であり、マオミにとっては右なのだろう。確かに、マオミは前髪をわけたとき、右側のほうにボリュームを多くする。無意識なのかもしれないけれど。
 マオミは生理になると僕にひどくあたることがある。彼女の生理痛は女性の中でもかなりひどいものらしい。「ひどいなんてもんじゃないわよ。キンタマ百回ぐらい蹴られて、その最高潮の痛みがずっと腹の中にあるのよ? わかる?」とマオミはそれをこう喩えた。キンタマの一つも無い癖に何を言ってるんだ。でも、それを聞いたとき不覚にも、キンタマがひゅん、とした。体内に逃げ込もうとして肝が冷えた。マオミはそんな僕を見てウサ晴らしにばしばし叩く。それほど痛くはないけれど、殴るのはいつも僕の左肩だった。わかってやっているのだとしたら、相当怖い。

「マオミに刺される夢を見た」

 と言ったのは、深夜、マオミがトイレに立ったときだった。時間を確認すると二時半を回っていた。彼女は全裸のままのそのそと起き上がり、廊下にあるトイレに向かったらしい。その間に僕はああああ、と叫んで目を醒ました。体にはびっしょりと汗をかいていて、シーツがべったり張り付いていた。マオミは悲鳴を聞いて、「何! どうしたの!」とトイレの中から叫んだが、足すものはしっかり足してから満足そうに出てきた。なんて薄情な奴だろう。

「刺されたい。そういう願望があなたにはあります」

 マオミはそう言って笑った。冗談じゃない。と僕はボルディックを飲みながら思った。マオミは心理学者ごっこを止めて、こう付け加えた。

「第一、男ってのは、挿すことはあっても、挿されることは滅多に無いのに、どうしてそんな夢を見るの?」
「まるで、僕がホモか疑ってるみたいだね」
「ホモなの?」
「違う」

 挿してやろうか? とマオミは笑う。こういうときの彼女は大抵本気だ。油断してイエスなんて答えようものなら、化粧品か何かを僕の可愛らしい肛門にローション無しで突き刺して来るだろう。僕は殆ど逃げるようにしてトイレに発った。
 マオミは明日も仕事のはずだ。明日だけじゃない。これから先もずっと仕事だ。土日は休み。他にも一日休み。他の一日が休みなら、土日のどちらかは出勤しなくちゃならない。それでも、明日は仕事。それなのに、僕に付き合って起きていてくれるなんてやっぱり優しい人なんだと思う。トイレの便座は下がっている。マオミが先ほど用を足していたからだろう。あの時ここで僕の悲鳴を聞いたのだ。薄情な奴だ、なんて思ったけど、内心では相当に慌てていたのか、トイレの水は流されていなかった。今ならこの水を舐めることが出来そうだ。それほどマオミのことが好きだと思った。

「挿したい。そういう願望があなたにはあります」

マオミはそう言って眠れない僕の体に手を伸ばした。僕もそれとなく、マオミの体を撫でた。マオミは続ける。「性欲なのです」

「フロイトだ」と僕は返す。
「うるさい」

 マオミは照れ笑いを浮かべて僕の性器をきつく握り締めた。

 マオミと一緒にいたいとは思う。一緒にいたいという願いが叶えば、セックスしたくなる。好きだから、そう思ってしまう。だけどこんなの綺麗事だといつも思う。結局僕がしたいのは愛の行為ではなく、射精なんだと思う。快楽の放出と最高潮を味わいたいだけなのかもしれない。ただ、僕はそういう自分を嫌っている。マオミが好きだから、と思うようにしている。実際そうだし。と。

作品名:マオミの部屋 作家名:九太郎