小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

Hysteric Papillion 第12話

INDEX|2ページ/2ページ|

前のページ
 

「何を言うか、もうすぐ警察が来る!宥稀を離さないか!」   

「あら、あなたがたは、私にそのようなことを言える立場かしら…?」   

「何…?」   

『何もかもお見通し、しかも先までよんでいるのよ』といったような、あまりにも迷いない薫さんの言葉。

叔父さんたちも驚きを隠せず、多少の動揺を見せた。

こんな若い女性、しかも窓ガラスを割って不法侵入して、人質を取って逃げようとするような破天荒な人間に、だ。

「それは一体どういうことだ?」

「さあ…どういうことかしら?」  

余裕の薫さんの笑みに、私でさえ、ぞくっとしたつめたいものを感じた。

それくらい、薫さんの笑顔は自信に満ちていて、しかも少し、怖いくらいの殺気みたいなものを含んでいたのだ。

遠くの方から、数台のパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。ちらほらと、赤い光も見え隠れしている。    

叔父さんの顔が、いやらしく歪められた。

サイレンの音に胸をなでおろしたのか、先ほどよりも明らかに強気な態度で出ようとしているみたいだ。

私はそうっと刃先で肌を切らないように首を上げて、小さく小さくつぶやいた。   

「薫さん、何かまずくない?」   

「え??大丈夫、大丈夫」    

あーっもう!!

大丈夫しか言えないわけ?!

そう思って呆れてしまうくらいマイペースを保ちながら、シィッと唇に指を置いて、薫さんは笑いかけてきた。

もちろん、私の好きな笑顔に変わった後だけど。    









そんなときだった。   

「大変ですーッ!!」    

ドタドタドタと私の部屋の中に駆け込んできたのは、叔父さんの第一秘書の人だった。

ネクタイ外れて、シャツも糊がとけてヘロヘロのクタクタ、背広もよれよれという、人前には明らかに出られないような格好で、額に汗の玉を無数に作りながら飛び込んできた叔父さんの秘書の人。

ゼイゼイ息を切らしながら叔父さんの下に駆け寄る。

無礼な…と口には出さなくても、眉間にしわのよった叔父さんの顔が、そう語っていた。   

「っ……一体何だ?」   

「社長、早く会社にお戻りください!」   

「どういうことだ?理由を説明…」   

「とにかく大変なんです!つい先ほど、わが社の株式の30パーセントが別の会社によって買収されたという情報が入って、会社の中は大パニックです!」   

「何だと!?」    

叔父さんの会社の株の30パーセントが買収…!?    

それって、下手したら、路頭に迷うくらいの大ダメージじゃないの?   

「しかもそのパニックに乗じるように、いくつものメーカーから、契約を切りたいという電話がかかりっぱなしです」   

「ええい!一体どういうことだ!!私がいなくては何もできんとは情けな……まさか?!」

秘書を押しのけるようにして、叔父さんは薫さんの前で、肩をすくませたまま、迫力なくにらみつける。

いや、呆然と立ち尽くしていたとも言うかもしれない。

そして、何かにはっと気がつく。

薫さんは、その表情にくすっと悪魔の笑みを浮かべる。

口に出すのが怖くて、なかなか言い出せないのか、叔父さんの言葉はなかなか出てこない。   

「まさか、貴様は…」   

「私を警察に突き出すなら、どうぞ御自由に。でも、あなたの会社を乗っ取るために動かした人間たちは、私以外の人間の言うことを聞き入れるようなものたちじゃありませんよ?」   

「くっ……」    

ギリッと叔父さんは唇を噛み締めた。    

何だ。

薫さんの余裕の表情は、こんなところから生まれていたんだ…というか、薫さんって、一体何者??    

しかし、そんなことを訊く暇なんて、薫さんに捕まったときから、ないということはわかっていた。

「さあ、通してくれますね?」

私がぐっとガッツポーズを心の中でとっていたとき。

薫さんは、勝ち誇ったような笑みを浮かべて、私の体を離さないまま、嫣然と、堂々と道を開けてもらった人の間を通っていた。

私は少しだけ、チラッと振り返ってみたんだけど、叔父さんはこちらをにらみつけたまま、叔母さんもおろおろとした顔は変わってないし、お手伝いさんたちなんて、目の前で起きていた強盗まがいの終了に、失神していた人間だっていた。

冴島も、いつもみたいに、冷静な顔で立っていた。   










「…怖かったかな?」    

部屋を出て、螺旋階段を折り始めるとき、ようやく薫さんは、私の首に当てていたガラスの破片を放り投げた。

腕を高く上げた薫さんの顔は、とても大人の顔で、きれいだ。

天井のシャンデリアに届くんじゃないのかと思うくらい高く上げられたガラス片は、月光を浴びてキラキラと反射して、そして、私たちの後ろでカシャンと砕けた。










まるで、私とあの夫婦の関係が、たった今終わったのを示すみたいに。    










そのガラスの欠片を振り返って、私は目を閉じたまま首を振った。

「全然…」   

「そう。なら、よかった」    

3階分の階段を下りるのは少し億劫ではあったけど、ゆっくりゆっくりと降りていく。    

結局、パトカーは、うまく計らわれていなくなってしまったらしく、赤い光は、もうはるか遠くに吸い込まれていっていた。