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Hysteric Papillion 第12話

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「宥稀、一体お前は何をしているんだ!?」    

目の前から、叔父さんの声がビリビリと響いた。    

いきなり、私たちが唇を合わせているところに飛び込んできたのは、叔父さん夫婦だった。

それに遅れるようにして、冴島、お手伝いさんズと続く。    

決して狭くはないこの部屋の人口密度がかなり上がるくらい、家中の人という人が集まってきていた。    

しかも、薫さんと私はこんな状態で、割れた窓枠には血がついていて、床には血痕が残っているというあまりにも奇妙な情景をしょっている。    

大勢集まってきた人を目の前にして、私は薫さんと唇を離して、薫さんを背に振り返った。
目の前の叔母さんは、一体何が起こっているのかが信じられないらしく、おろおろと瞳を震わせている。   

「ゆ、宥稀ちゃん、この人は一体…あなたとはどういう関係なの?」   

「どういう関係って、それは…」    

いきなり突き刺さる、叔母さんの尋問のような言葉。

それに続くように、叔父さんもまくし立てる。

「お前は司原家の人間だ!!そんな不法侵入者の女と淫らな行為をするなど…汚らわしいにもほどがある!!」    

この叔父の言葉を皮切りにして、今まで遠慮していたお手伝いの人間たちもこそこそと後ろの方で話し始めた。

小さく、私たちに聞こえないとでも思っていたのか、『気持ち悪いわね?』とか、『おかしいわよ』という事も無げな言葉が飛び交っている。    










吐き気がした。










それは気持ち悪くなったからじゃなくて。

唇を噛み締めすぎて、噛み切れたところから流れる液体が口の中に溢れかえって。

鉄の苦味と強い血液の塩辛さが、吐き気をもよおす。   









「あら…そうですか?」    










ひやり…。    

私の背中にいる薫さんの右腕に握られた何かが、首筋に当てられた。    

割れたガラスの、破片だ。    

掌よりも少し小さい透明な破片の先端が、首筋に少しだけかゆみを感じる程度の赤い筋を描いていた。    

しっかりと顎の下に腕を回され、まるで銀行強盗にとられた人質のような格好で、少しずつ大きく開いた窓の前に移動していく。   

「宥稀!」   

「宥稀ちゃん!?」   

「おーっと動かないでちょうだい。今動いたら、この子の首から血しぶき見ることになるけど…いいかしら?」    

まるで脅すように、言葉がゆっくりと紡ぎ出される。

少しだけ、破片が首に食い込んだ。 

そして、少しだけ、痛い。

だけど、刃物というものは『引く』という行為をしなければ、見事に切れるはずがないことくらい知っている。    

だから、薫さんが私を傷つけるつもりなんてあるはずがないって、すぐにわかった。    

きっとこれには、何かあるって。   









「…大丈夫?」    

小さく耳元で、向こうが気付かないくらいの声が聞こえた。   

『大丈夫』とさすがに答えることが出来なくて、コクンとかすかに首をうなだれる。    

私の反応を見てほっとした薫さんは、再び強気な瞳と態度で、叔父さんたちを相手に、ハッタリを張り始めた。

「…この子は私がもらいます。この子は…宥稀は、あなたたちの元では幸せには、決してなれない…」    

すると、その薫さんの言葉に、叔父さんたちは目を見開いて間違いを正すような口調で言い返す。   

「何が言いたい!宥稀は司原の人間だ。そのような行為などというような、汚らわしいことに身を染めさせるわけにはいかん!」    










司原。








汚らわしい。










最後の汚らわしいという言葉が、もう一度、私の全身の感覚神経を突き刺したような感じがした。

口の中から、言葉が溢れる。    

「…あなたたちに、言えるんですか?」   

「……?」   

「あなたたちにそのようなことが言えるかって、きいてるんです!」    

気付けば、私は、口の中の血を吐き出し、そして、心の中にたまっていたものすべてを吐き出すように叫んでいた。   

「あなたたちに、そんなこと言えるはずない!何もしてくれなかったじゃない…家のためにしか、私のこと、考えてくれてなかったじゃない…」

「宥稀…」

「小学校の頃、私がこの家に来てから司原の家にキズをつけるなっていうことしか、私聞いてません…おじさんたち、それ以外のこと、何も教えてくれなかったじゃない…」

一息でたまっていた物をすべて吐き出しながら、その苦しさと共に瞳の上から熱い何かが頬を伝っていった。  

「いろんなもの買ってくれたけど、私はそんなもの一つも欲しくなかった…お父さんやお母さんと同じように、ただ…愛することが出来て、愛してくれる相手が…欲しかっただけなのに…それの、それのどこが悪いの!!」









目の前が、だんだんと滲んで見えなくなっていく。    









「私は…司原の家の…物なんかじゃ…ないっ…」










正直、自分でも、こんなことを言えるとは思ってもみなかった。    

あの2回の『汚らわしい』という言葉が、私の怒りをMAXに上げてくれたのかな…。









いや、そうじゃない。    










薫さんが後押ししてくれたんだ。    

後ろにいてくれるってわかっているだけで、何があっても守ってもらえる、大丈夫と思えたから。
  
「っ…宥稀…」    

引き取ってもらえて感謝しているはずの娘がこのようなことを言って反撃してくるなんて少しも思っていなかった叔父さん夫妻は、あっけに取られて唖然としている。    

つまり、いつまでも私を自分たちの楽しい着せ替え人形でいさせようとしていたということなのだろう。    

ズタズタになるくらい唇を噛み締めなければ、このたまりにたまった思いを晴らすことなんて出来なかった。   

「よし、よくがんばったぞ」   

「薫さん…?」    

涙でできた膜の向こうで、ガラスの破片を手にしたままの薫さんが笑いかけてくれた。   

「きちんと言えたじゃない?やれば出来るんだよ、君は」    

何だか褒められているような、婉曲的に子ども扱いされているような、そういうむずかゆい感触が体に走って、ようやく気付いた。    

こんな人質まがいのことをしたのは、私にこの人たちに対する気持ちをすべて正直に吐かせるためだったんだ。    

薫さんは、髪の毛を数回頬に触れさせるように頭を振って、叔父さんたちの方を見据える。   

「さあ、それじゃあ…そこ、通してもらいましょうか?」    

私の首筋にガラスを当てたまま、少しずつ移動していく。    

しかし、こんな警察沙汰になるようなことを平気でする薫さんって一体…。    

和美さんに会ったとき、あの人みたいにきれいに世の中渡っていく人なんて始めてみたけど、薫さんは、そのさらに上を行く人なのかも…。