白い騎士 蒼い姫君
巨大で鋭いモゲラの爪が農夫に振り下ろされようとしていた。
セーレは腰に差していた小剣[フルーレ]を抜き、農夫を助けようと地面を蹴り上げようとした瞬間、セーレの身体が大きく傾いてしまった。
地響きと共に地面が崩れ、口を開けた裂け目にセーレは呑み込まれてしまった。
目を開けたとき、そこは暗闇だった。
手に伝わる土の感触。
自分がどこにいるのか瞬時に判断がつかなかった。
「ライト」
拳大の光が出現し、それはセーレの周りを飛び回り、辺りを照らし出した。
セーレは直径1メートルの洞穴にいた。
体勢を四つん這いにしながら、セーレは首を伸ばして後ろを観察した。
土砂が崩れたように道が塞がれている。
もしかしたら、その土砂に生き埋めになっていたかもしれないと考えると、セーレは背筋の冷える思いだった。
地盤が崩れ地面の底に落ちてしまったのだろう。おそらくここは自然洞穴かモゲラの掘った穴だろうか?
土砂に巻き込まれず命拾いしたが、ここから脱出できなくては同じである。
酸素も薄く、こんな場所でモゲラと鉢合わせたら絶体絶命だ。
?ここ?ではフロウの助けも当てにならない。自力で脱出しなくては――。
四つん這いで懸命に穴の中を進む。
土を掻くような音が聴こえた。
前方からだ。
激烈な勢いでなにかがこちらに迫ってくる。
避ける場所もない。
セーレは魔導の原動力マナを手に溜めて、一気に解き放った。
「フラッシュ!」
瞬間的に激しい閃光が辺りに広がり、奇声を発したモゲラが慌てて後進していった。
モゲラが来るたびに同じ戦法で逃れることができるとは限らない。
先を進むセーレの足が速くなる。
やがて洞穴は広がりを見せ、徐々に大きくなった幅は2メティート(2.4メートル)になり、セーレは立って洞穴を移動することが可能になった。
広がりを見せる洞穴はどこまでも広がり続け、大空洞へとセーレを導いた。
果たしてこの大空洞もモゲラが掘ったものなのだろうか?
モゲラの掘った穴が洞窟に繋がっていたのではなかろうか?
この大空洞でモゲラたちに囲まれたら危険だ。
腰のフルーレだけでは心もとない。
「……こんなことなら」
――攻撃系の魔導を会得しておくべきだった。それは旅の途中で何度も思ったことだった。しかし、旅を急ぐあまり先送りになってしまっていたのだ。
大洞穴を見渡すと、小さな穴がいくつも見受けられる。その穴の奥から感じられる殺気。
見せない敵に囲まれている。
フルーレを引き抜き、間合いを取りながら、ゆっくりと足を引きずるように動かす。
360度囲まれた穴のどこから敵が襲い掛かってくるかわからない。
襲い来た!
穴から飛び出した何十匹というモゲラが一斉に襲い掛かってきた。
戦っても勝ち目は皆無だ。
こんなところで死するわけにはいかなかった。
憎き大臣と魔女の嗤う顔が脳裏に浮かぶ。
大臣セトの謀略により、セーレの父は汚名を着せられ投獄された。その裏で糸を引いているのは悪しき魔女キュービだ。二人に復讐を果たし、自分たちにかけられた呪いを解くまで死ぬに死ねない。
王女として聖都アークの地に足を付けるまで絶対に死ねない。
あざ笑う大臣と魔女の顔を振り払い、セーレは魔導を解き放った。
「フラッシュ!」
瞬く閃光が大洞穴を隈なく照らし、驚いた逃げたモゲラは壁に激突し、奇声と共に辺りは騒然とした。
その隙にセーレは大きな横穴へと飛び込もうとした。
だが、地響きがセーレの行く手を遮った。
地響きはセーレが飛び込もうとしていた穴の奥から響いている。
底知れぬ恐怖を感じたセーレはその場を動くことができない。
汗が滲み出し、顔が緊張で強張る。
モゲラなど比ではない。
もっと強大ななにかが洞穴の奥にいる。
激しい咆哮と生暖かい風がセーレの髪を揺らした。
それは手だけでモゲラほどの大きさがあった。そこについた鋭い5本の鉤爪で抉られれば、一撃で死に至ることは間違いない。
モゲラよりもさらに大きい全長3メティート(3.6メートル)もの巨大モグラが姿を現した。
この地方で地震を起こすといわれる怪獣ドリューだ。
どんなに恥を晒しても逃げ切る。
セーレはドリューに背を向けて走り出した。
気を取り直したモゲラも襲い掛かってきて、鋭い爪をセーレに向ける。
フルーレを振り回すが、モゲラの攻撃は躱せず、鉤爪がセーレの腕を傷つけた。
鮮血が絹に滲み、苦痛を噛み締めながらセーレは走り続けた。
だが、また地面が揺れ、鼓膜を振るわせる咆哮が大空洞に響いた。
モゲラたちが次々と穴の中に飛び込んでいく。
好機が訪れモゲラの魔の手を振り切りセーレは再び逃げ出す。
その後ろを巨大なドリューが血の臭いを嗅いで追ってくる。
横穴に飛び込んだセーレにドリューが突進する。
穴よりも大きなドリューは壁を崩し、洞穴は大振動に見舞われた。
天井が大きな音を立てて崩れ、ひび割れた天井から熾烈な光が差し込んだ。
そして、セーレは崩れた天井から太陽が落ちてきたのだと思った。
それほどまでに激しい光が辺りを包み込んだのだ。
激しい咆哮があがり、血飛沫が地面を彩り、流れ出す大量の血は海をつくった。
「偶然に感謝しよう」
澄んだ男の声が響いた。
謎の光に照らされた白銀の鎧を着た男がドリューの頭部に乗っていた。そのドリューの頭部には巨大な剣が突きたてられていた。
「無事かセーレ?」
男の声に呼ばれ、物陰に隠れていた黒い毛並みの雌豹が姿を見せた。
ドリューから降りた男に、しなやか足並みで雌豹が近づき、甘えるように頭を男の胸に擦り合わせた。
雌豹の頭を撫でる男はまるで恋人を扱うように優しい手つきをしていた。
「僕たちは勘違いをしていたようだ。ランベルの光はムーミストの力によるものではなく、太陽神アウロの力によるものだったらしい」
男はそう言って、天井から大空洞に落ちてきた巨大な結晶を指さした。
尖った突起がいくつも飛び出した結晶は太陽のように激しく輝き、大空洞に昼が訪れたように照らしている。
目を細めながら結晶を見つめる男。
「これにアウロの力が宿っていることは僕が人間の姿に戻れたことが証明している。おそらく、この力が大地に浸透し、地上で咲くランベルに影響を与えていたのだろう」
月は太陽光を反射して輝く。
月の女神ムーミストの守護を受ける〈月夜の森〉の森も、太陽の神アウロの光によって照らされていたのだ。
美しく輝いていたランベル畑はほぼ全滅してしまった。
地面は乱暴に掘り起こされ、その中に巨大な縦穴が開いていた。
大穴から天に伸びる光柱。さきほどまで、セーレはあの下にいたのだ。
地面から伸びるあの光が呪いを解く鍵を握っている。
梟のフロウを肩に乗せ、セーレは希望の光を求めて再び旅立つのだった。
作品名:白い騎士 蒼い姫君 作家名:秋月あきら(秋月瑛)