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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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白い騎士 蒼い姫君

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月夜のランベル


 神々が世界を創造し、精霊が生まれ、大空には竜が羽ばたいていたと云われる時代。
 聖都アークは暗黒の力に荒廃し、悪しき大臣と魔女によって法王は投獄され、王女は行方知れずとなっていた。
 時はたち、王女の死亡が国民に伝えられるが、風の噂では王女は魔女に呪いをかけられ、今も放浪の旅をしているらしい。
 しかし、王女が生きていようとも、たった一人の力で聖都に舞い戻りてなにができようか?
 今や聖都アークは大臣と魔女による恐怖政治で国は治められていた。もはや王女ごときに国を動かす力はない。
 それでも人々は希望の光に祈りを捧げるのだった。

 メスト地方に広がる大森林。
 〈月夜の森〉と呼ばれるこの森は、月の女神ムーミストの守護を受ける霊的磁場がとても強い森だ。
 この森には昼も朝もなく、夜だけが永遠に続く。静けさの中に霊気を孕みながら――。
 夜が続く森といっても、森の中は活気に満ち溢れ、生命が息づいている。発光植物も数多く、森は淡いライトに照らされていた。
 海辺に程近い森林地帯を切り開き、村もある――月夜の村ランベル。
 淡い光を放つ花々に囲まれたこの村は木造平屋建てが多く、村の収入源は普通の農作物や家畜よりも特産品の花に頼っていた。
 旅のローブを羽織った娘は、白く洗練された羽並みの梟を連れていた。金髪の長い髪を流している娘がセーレ、旅の同行者の梟の名をフロウといった。
 セーレは村に一軒だけの宿屋に宿を取り、宿屋の1階の酒場に足を運んだ。
 村や地方の話や噂は酒場で聞くのが一番良い。社交場となっている酒場には、各地からの旅人も集まってくることが多い。酒で機嫌の良くなった者たちは、たちまち情報屋と化すのだ。
 体躯の良い男たちの座るテーブルに恐れることもなくセーレは近づいた。もちろんその手には、ワインの入った大ジョッキを持っている。
「話に入れてもらっていい?」
 妙に旅慣れている物腰のセーレに、男たちは顔をきょとんとさせながらも、好い女が来たと快く席を空けた。
 席についたセーレの顔を覗き込みながら、さっそく質問だ。
「姉ちゃん、旅は長いのかい?」
「そうね、いろいろな場所を旅したわ」
「物売りでも、芸人でもねぇし、姉ちゃんひとりで旅の目的はなんだい?」
「放浪の旅ってとこかしら。それとあたし一人じゃないわ、仲間がいるの」
 男たちは辺りを見回し、セーレの席の傍らで大人しく立つ動物に目が集中した。梟のフロウだ。
「やっぱり旅芸人で、梟に曲芸でもさせるのか?」
 男の質問にセーレは首を横に振った。
 旅人と一口にいっても、旅芸人、物売り、吟遊詩人といろいろあり、女の旅人も珍しくない。しかし、セーレのような雰囲気を持つ女の旅人は珍しい。まるでいくつもの危険を掻い潜って来たかのような雰囲気を持っているのだ。それは屈強の戦士などの雰囲気に似ている。
 セーレは自分のジョッキをフロウに向けた。
「フロウも飲む?」
 梟のフロウは首を横に振り、それを見ていた男たちは目を丸くした。
「この梟は酒を飲むのか?」
「ええ、けっこういける口よ」
 とセーレは笑って見せた。
 人に懐き、酒も飲む梟とは変わっている。この分だと曲芸もするかもしれない。
 フロウはひと鳴きすると、小さく羽をばたつかせた。それを見てセーレは理解した。
「話はあたしが聞いているからフロウは外の様子でも見てきて頂戴」
 またフロウはひと鳴きすると、羽を広げて酒場の外に羽ばたいていった。
「さてと、いろいろ話を聞かせてもらいましょう」
 セーレは目の前にいる男たちの分の酒を注文し、旅の良き出逢いを祝して乾杯を交した。
 気を良くした男たちは饒舌になり、この辺りの特産や遺跡などに聞きもしないのに話しはじめた。
 この村の名前は特産品であるランベルという花を由来にしている。
 ランベルはベル状の花弁を持ち、花粉がムーンライトに輝いて光を発する。この花粉を染料に混ぜたり、魔術の原料にしたりするのだ。ランベルを栽培できるのは月夜の森だけで、別の場所では花は咲くが輝きを全く放たないのだ。
「ランベルで染めた織物を求めてやって来たのだけれど?」
 セーレが言うと男たちは難しい顔をして唸ってしまった。
「ランベル染めの技術はもうこの村には残ってねぇんだ」
「やはり……」
 呟いたセーレ。
 現在ではランベル染めの織物は流通しておらず、そのため原産地のランベルならばと、わざわざ足を運んだのだ。
 以前セーレが目にしたランベル染めのローブは、すでにその輝きを失いただのローブと化していた。ランベル染めの効果は永久的なものではないのだ。そのため、過去の流通していたものはその効果を失っており、セーレの欲するものは程遠いものだったのだ。
 現在、ランベル染めの織物が流通していなかった理由、それはランベル染めの技術が失われてしまっていたからだった。
 沈黙するセーレに男がワインを注いだ。
「ランベル染めの技術はもともと人狼だったっていうぜ」
 男の言葉に食いつくようにセーレが身を乗り出した。
「人狼たちはどこにいるの!」
「月夜の森の奥深くに人狼が棲むフェンリルの里があるって聞いたことがあるが、細かい場所は誰も知らないんじゃないか?」
「それでは人狼を見た者はいないの?」
「ムーミスト神殿やメスト古代遺跡に人間が近づくと、人狼が襲ってくるらしいぜ」
 この辺りの人間が人狼と友好関係にないことが伺える。
 なにか考え込むセーレに慌てた男が声を掛ける。
「おい、まさか人狼に会いに行く気じゃないだろうな?」
「会いに行くわ」
「やめとけよ、こないだも人狼に襲われて重症を負った奴が出たばかりだ」
 それでもセーレは命を懸けるだけの理由があるのだ。
 酒場の入り口が急に慌しくなり、外から一羽の梟が飛び込んできた――フロウだ。
 セーレの腕に停まったフロウはなにかを訴えるように身体を動かしている。どうやら外でなにかが起きているらしい。
 すぐさまセーレは酒場の外へ飛び出した。
 セーレの腕から飛び立って誘導するフロウの後を追う。
 人々の叫び声が聴こえた。
 月光のように輝く花畑の中になにかがいる。
 土のそこで蠢くなにか。
 ひとつ、ふたつ、みっつ……。
 土の中を走るなにかが地表に飛び出した。
 モグラだ、何匹ものモグラがランベル畑を荒らしている。
 ただのモグラといえど、特産品であるランベルを荒らされては、その被害は多大なものになってしまう。
 鍬[クワ]や鎌などの農具を構えた男たちは懸命にモグラを追い払っている。
 その姿を見守るセーレの横でフロウがけたたましく鳴いている。
「どうしたのフロウ?」
 フロウが甲高く鳴いた。
 それと同時に度肝を抜かれて尻餅をついた男たちの中心から噴火いたように舞い上がる土。
 巨大な影がセーレの瞳に映った。
 モグラに似た生物がそこにはいた。その全長はモグラよりも遥かに大きく、約1メティート(1.2メートル)はあるだろう。
 誰かが叫んだ。
「モゲラだ!」
 モグラを巨大化させたような生物の名はモゲラ。鋭い鉤爪を5本持ち、雑食で畑を荒らし、ときには人間に襲い掛かることもある。