Hysteric Papillion 第9話
「…で、やっぱり違ってたのかしら?」
「はい…」
「これで15件連続ノーヒット…さすがにネタ切れというか、なんと言うか…」
今日は、和美さんとの約束の日、水曜日だった。
…ということをすっかり忘れていた私は、礼拝堂から和美さんの車に乗せられて、遠く茨城県のゲームセンターに来ていた。
目的は、というと、チームの特攻服を見せてもらうため。
でも、結局私の望んでいたものとその服は違っていた。
そこのレディースチームの人たちにはどうしてか和美さんの顔がきくらしく、いつもみたいなヤンキーぶりを発揮せずに、へこへこと頭を下げていた。
挙句の果てには、『ジュース飲むかい?』とか『ここのケーキおいしいんだぜぇ』とかって、座っておとなしくしていた私にジュースやケーキのおもてなしまでついたくらいだった。
それに、何かちょっと乱暴なことを私に言うと、和美さんの目がギラッて…。
うーん、和美さんって一体普段何をしている人なんだろう。
…と思うのはとりあえず置いておいて、チームの人たちと別れた私と和美さんは、ゲームセンターを出て、その近くにあったカフェで軽く何か飲むことになった。
あまり都心に近くないこの町では、夕日がわりときれいに見える。
車どおりも少ないからか、ずーっと向こうに見える海はキラキラ光って見える。
赤い色に染まる木々の緑は、くっきりと影を落としていて、こう、見とれてしまう。
注文のフルーツジュースが来ても、私は外をボーッと眺めたままで、気付いたころにはフルーツジュースの中身が溶けた氷で薄まって、変な味になっていた。
景色のせいじゃ、ない。
何か、胸の中にあるものが、そうさせてたんだと思う。
「あの人の服は、もっと大きな蝶が描いてあって…」
記憶をたどる。
今日見せてもらった特攻服に描かれていたのは、小さな蝶が無数に背中から前に飛び交っているというものだった。
確かにすごくきれいで幻想的だったし、印象に残るものだった。
だけど、私の望んでいたものとは程遠い。
ちなみに、別に蝶が描いてある服を探しているだけであって、別に暴走族の特攻服オンリーというわけじゃないんだけど、どうも、そういう服はそっち関係が多いらしいみたいで…。
もちろん、たまにそっち関係じゃない人を尋ねたりもすることがある。
「すいません、何度も…」
そう謝ると、和美さんはううん…と笑ったまま首を横に振ってくれた。
注文していたアイスコーヒーは、もう半分くらいの高さになっていて、和美さんの手の上をグラスについた水滴が通っていく。
「そんなこといいのよ。違っていたなら、また探せばいいわ。それよりも…もしその人が見つかった時、宥稀、あなたは一体その人に何を要求するの?」
私に対する和美さんの目が、急に厳しいものに変わる。
その答え次第では、もう協力しないなり、ここでひっぱたくなり、絶交するなり…というような鋭い瞳。
ガシャガシャとジュースの氷をストローでつぶすようにしながら、私は少しの間考え、その答えを小さく口にした。
「お礼を言いたい、それから…真実を…教えて欲しい…です。本当のことを、教えてほしい、その人の口から、本当のことを…」
和美さんは、そんな私を見て、やんわりと頬を緩めて笑顔を見せてくれた。
10年前、私が7歳だった時、両親は死んだ。
いや、正確に言うと、死んだというよりは殺されたと言った方がいい。
多分あれは、私の誕生日が近かったイブの夜。
あの日、父と母と私の3人は、クリスマスと私の誕生日の両方を祝うためにどこかの大きなレストランに出かける途中だった。
父と母の間に私がいて、仲良く手をつないで。
大通りに入ると、雪もちらついてきて、父に『寒くないか?』と、マフラーを巻いてもらったりもして…。
今思ってみれば、そのときは本当に幸せだった。
次の瞬間、私は、絶望と恐怖というものを体験するとは、そのとき微塵にも思っていなかったのだから。
レストランまであと少し、食べ盛りの7歳児にとっては、その少しが耐えられなかったのかもしれない。
母と父に『まだなの?』と駄々をこねながら長い信号を待っていた。
「もう少しだから、我慢しようね?」
「着いたら、宥稀の好きなもの、いっぱい食べような?ケーキもジュースもあるぞぉ」
「うんっ!」
ケーキとジュースという言葉でコロッとだまされて、私はまた上機嫌になって、じーっと歩行者用の信号機をにらみつけていた。
「おいおい、信号を見ていても変わらないぞ」
「いいのぉ」
信号とにらめっこをしている、そんな私の姿を母と父に笑われている間に、すぐ信号が青に変わり、7歳児の歩幅に合わせて3人歩き出した。
「…危ないっ!」
「宥稀っ!!」
声がした。
空気が震える。
父と母の突然の叫び声。
そして、母にドンッと体を押されて浮き上がり、私は道路に叩きつけられた。
数回アスファルトの上に叩きつけられたが、コートとセーターという厚着がクッションになり、頭から少し血が流れているだけで、ケガというケガはなかった。
私の体は加速をつけて、ゴロゴロと転がってゆき、気付いた時…。
父と母の体は、赤い海の底にあった。
大きな、多分今思えば外国製の、黒塗りの車が止まっていた。
わずかに行き過ぎたタイヤの跡は、どろりとした血の色でヌラリと光っていた。
父と母の体は、その車に一瞬で押しつぶされ、飛ばされ、自分からすごく離れた場所にぐしゃりと崩れていた。
そこから湧き出した赤い水は、トロトロとアスファルトの上を流れ、私の雪のように白かったコートを裾の方からじわじわと赤く染め上げていく。
涙なんて出ない。
寒いとか、怖いというそんなものじゃなくて、とにかく何が起こったのかわからなくて、ただ自分を自分の腕で抱きしめて震えを押さえようとしていた。
集まってくる人々、パトカーのサイレン、何もかも私には縁のなかったものたち。
そんな不安の中、何度も何度も拒絶した私を抱きしめてくれた人がいた。
大きな蝶が描かれた服の人。
女か男かもわからない、ただ、温かい胸を貸してくれた人。
すごく大人の雰囲気とぬくもりを持っていた人。
その人の温かい液体が頬を伝ってくれたから。
私も素直に涙を流すことができた。
「…宥稀らしいわ。そういう考えが…」
「でも、実際どう思えるかわかりません…もしその人が見つかったなら、うれしいと同時に…きっと、怖いはずです。本当に、その人に対して何を言うことができるかって…」
どうして父と母は死ななければならなかったの?
あなたはその時何をしていたの?
助けてくれなかったのはどうして?
誰が父と母を殺したの?!
…尋ねたいことはいっぱいある。
作品名:Hysteric Papillion 第9話 作家名:奥谷紗耶