Hysteric Papillion 第8話
「お前は、ここをどこだと思っている?」
「…………」
「それがわかったなら、早く寝ることだ。来週からは期末考査だろう?」
「がんばってね」
「わかりました」
叔母さんに笑いかけられて、私は、少しだけ息を吸い込むと、勢いづけて軽く会釈し、カバンを持って2階に駆け上がった。
眼鏡を外した叔父さんの鋭い視線に突き刺されて、結局ほとんど反論など、不可能な話だった。
―――あなたたちがそんなことを言えるんですか?
言えなかった。
この一言が。
妙に、心細い気がしたから。
「…何かあったでしょう?」
和美さんは、私の顔を覗き込むと、チョンと唇を指先でつついた。
「え…?」
「あなたって、表情からいろいろ見つけやすいのよね。そのときの感情が素直に顔に出てるから。恋でもした?」
こ…恋?!
恋って、それは、女性から男性への気持ちを言うのであって…あー、でも、薫さんはそうじゃないって言ってたし…。
それよりも、和美さんは、どうしてこんなに簡単にさらりと言ってのけられるんだろう?
「しっ…してませんよ!!」
ブンブン首を横に振って潔白?を示す。
「ふうん…それだけ敏感に反応するってことは…隠してるわね?」
いっ…。
あはは…こういう顔になったときの和美さんって、怖いんだよなぁ…。
「そのロザリオ、その恋した人に関係してるんでしょう?」
「なっ…」
どうやら、私の心のかなりの深さまで推測されてしまったらしい。
これは、恋、なのかな?
もし、思い切って、話してみたらどうなるかな…。
「会いたいって思うのも、恋ですか?」
その言葉に、和美さんはきょとんとした。
そして同時に。
そうだ、思い出した。
このロザリオのおかげで薫さんに会えたのなら、もう一度でいいから会って、きちんとお礼が言いたい。
だから、いやなことも、非現実的で、非科学的なのも承知で、この礼拝堂で十字を切っていたんだ。
『もう一度、薫さんに会わせてください』って。
「うーん…そういうわけじゃないとも思うけど…」
クシャクシャと髪の毛をかき混ぜたりしながら、和美さんは答えた。
「その人は、女の人だけど…たった一日しか一緒にいられなかったけど、何か、私の知らないことをいっぱい知ってて。服とかも選んでくれて、食事もして、それで楽しかったから」
「そう…」
「だから、きちんとお礼がしたくて。…あの時は、無理やり家に帰らされたから」
さっきからお礼がしたいと自分から言っているけど、本心はわからなかった。
実のところ、本気なのかとか?思ったりもしたけど、確信がもてなかった。
何せ、一度しか会っていないんだから。
でも、その言葉を確信するに近づけたのは、和美さんのこの言葉だった。
「一度しか会わなかったのに、どうしてそれだけ鮮明に覚えていられるの?」
一度しか会っていないのに、どうして鮮明に薫さんのことを覚えているのか。
どうしてだろう?
忘れるどころか、思い出すたびに鮮明になる思い出。
それは、薫さんに恋愛感情を抱いているから…なのかな?
正直、不安にもなる。
「…私、変ですか?」
「あなたは会ったときから十分変よ」
にこりと笑顔。
ああ、そっか、変ですか…って、何ですかそれ!!
「全然フォローになってないじゃないですか!!」
「フォローしたわよ。十分ね。ほらほら、約束の時間過ぎてるんだから」
「え…あ!」
和美さんは、そう言うと、私の腕をぐいぐい引っ張って行って、礼拝堂の扉を閉めた。
外に出ると、私の心の中身を洗い流すように、心地よいそよ風が髪をまきあげて、頬をくすぐっていった。
作品名:Hysteric Papillion 第8話 作家名:奥谷紗耶