Hysteric Papillion 第7話
「だからっ!いいかげんにしてくださ…っ…い…」
薫さんはまたふざけているんだとばかりに、体を引き剥がそうとしたのに、どうしてかなかなか離れてくれないし、引き剥がそうとしても、明らかに無理だった。
薫さんの心音がすぐそこに聞こえて、私の鼓動もそれに重なっていたのが聞こえた。
ドキドキ…する。
そして、トクントクンと、小さく大きく聞こえる鼓動が、心地よいリズムに変わっていく。
…本当に変かな、私…。
「…ごめんね」
予想外に、薫さんの口から小さく紡ぎだされたのは、そんなことばだった。
本日2回目の『ごめんね』、しかも躊躇い気味の。
あの焼き肉屋での『ごめんね』と、一緒に、重なって聞こえてくる。
今にも、泣きそうな声だったから、何も謝る理由を訊けない。
訊けない…。
訊けるはず、ないじゃない…。
薫さんの腕にきつく力が入る。
だから、おそるおそる…いや、自分から望んで薫さんの背中に両腕を回した。
サヨナラしたくないよ…。
もう少しでいいから、一緒に…。
「お嬢様」
私は、その声に気付いて、すっと薫さんの背中に回していた両腕をはずし、まるで回れ右をするみたいに大きく振り返った。
そこには、背の高い男が4、5人、黒ずくめのコート姿にサングラスの、いかにもSPのような雰囲気で立っていた。
男の一人が、私を薫さんから引き離すように腕を取り上げた。
「社長がお怒りです。お早くお帰りを…」
「…わかりました」
抑揚も少ないこの言葉に、私は、重苦しい雰囲気の霧を飲み込んだような気分だった。
作品名:Hysteric Papillion 第7話 作家名:奥谷紗耶