Hysteric Papillion 第6話
「いらっしゃいませーっ!!えーっと、お二人でよろしいですね?どうぞこちらへ!」
真っ白の煙の中、みんな色も形も同じはっぴのような服を着た若い女性店員が、お盆を片手に私たちを席に案内してくれた。
どの席からも、愉快な笑い声が聞こえてきていて、少しお酒の匂いが濃く香ってくる。
案内された席は、ちょうど2人で向き合って食べることが出来る、あまり大きくないテーブル席だった。
そこにつくなり、店員さんは、小さなグラスに氷を入れてキンキンに冷やした水とメニュー表を私と薫さんの前において、
『注文が決まり次第、お呼び止めください』って、軽く会釈をしてキッチンのほうに走っていった。
何だか、くるくると忙しそうに、皿を上げたり、注文を取りに行ったりする店員さんが、私にはまぶしく見える。
薫さんは、出されていたお絞りを開けて、手を拭きながら、さっき見に行ったブティックと同じような反応を見せている私の方を見て、また笑っていた。
しかも今度はかなり大きなリアクションつきで…。
「君が来たかったところなんでしょ?もう少し落ち着いたらどう?楽しまなきゃ」
そう言うと、ビニールコートされたメニューの見開きを見ながら、ゴクンッと一口水を飲んだ。
いや、これでも一応落ち着いてるんですけどね…楽しんでるんですけどね…。
しかし、いざ!!と勇んでメニューを見ても、実際のところ、何が書いてあるのかさっぱりわからない。
これ、本当に日本語なの?と思うくらい、冗談なしで、何もわからなかった。
ただ、この店は一応『焼肉屋』なのだから、鉄板で焼くための肉はきちんと置いてあるはずだけど、ここにはよくわからないカタカナばかり載ってるし…。
そう、きたかったのは焼肉屋なんです。
どうしてかって言われても、こんな奇妙な光景に悩まされながらも、メニューごときで悩むのを人に不審に見られながらも。
とにかくっ!!
私にとって、『焼肉屋に行くこと』とは、みんなが芸能人に憧れるというように、一種の憧れの最先端にあるものだったのです。
まあ、この理由は後々説明することにして…とにかく、何か注文というものをしてみたいと思って、眉毛を八の字にして悩んでいたとき、前からあきれたような薫さんの声が聞こえた。
ついで、パフッとメニュー表で頬を軽くたたかれた。
「ッたく…そんなに百面相して。何もわからないのなら、素直に私に任せておけばいいんだって。勝手に注文しちゃうね」
そう言うと、私に『はい』も『いいえ』も言わさずに、いわゆる有無も言わさぬ間に店員を呼びつけた。
「とりあえずビール2本と…」
「薫さん!?」
「それから、カルビとロースに…タン塩と塩ミノにハツ、それからそのときに一緒にエゴマとかも持ってきてくれる?」
「はい。…ご注文は以上でよろしいですか?」
「ええ」
「かしこまりました!」
さっきの…日本語なのかな?かろうじて、どうにかカルビとか言ってたのは聞こえてわかったけど…食べれるの?
そう思うような名前のものばかりを、手際よくピピッと何か手帳くらいの機械に打ち込むと、店員の人はキッチンに向かってしまった。
それとほぼ同時に、私は、フンフン…と腕を組んで鼻歌を歌っている薫さんの顔をにらみつけた。
「あの」
「なあに?」
「私、一応未青年なんですけど」
「うん。だから?」
「ビールは飲めません」
「そうね」
薫さんの発した言葉は、それだけだった。
ちょっと気が抜けた。
あらら、今回は意外とあっさり認めてくれるんじゃないの?
でも、そう思ったのはそのときだけだった。
注文通りにビールが来ると、きちんと2つ、注ぎ口のところに引っ掛けられていたグラスをひっくり返し、トクトクトク…とこぼれそうなくらいに注いで、それを私の前にわざと音を立てて置いてくる。
「でも、今日はいいじゃない?制服も着てないし、顔もずいぶん大人に見えるようになったから、誰も怒ったりしないよ」
「でも…」
「…じゃあ、ジュース頼んで上げよっか?オレンジがいいかなぁ?それともコーラかなぁ?」
シュワシュワと小さな泡が立ち上るグラス越しに、意地悪な目をした薫さんの顔が見えた。
まるで、遠回しに『お子様、お子様』と言われているようで、それもそれで少しカチンときた。
「…いいです」
「そうこなくちゃ。それじゃ、宥稀ちゃん注いでくれる?」
「…ええ」
いいですよ、どうせ…子供ですから。
素直に負けを認めた…というか、人の心を読むのが上手な薫さんに打ちひしがれたというか、半分くらい中身の残ったビールを注ぐ。
白い泡の王冠が黄色の層の上にふたをすると、薫さんはグラスを持って、私の目の前に突き出してきた。
「乾杯、しよっか?」
私はうなづいて、小さくグラスを持ち上げると、カチャッと涼しいガラスの音をさせた。
「乾杯」
一気に、しかもとてもおいしそうに薫さんがビールを飲み干していくのを見て、どうも負けたくないという気持ちが出てきてたまらない。
いち…にぃ…と呼吸を整えて、グラスの中身を一気に口の中に流しこ…ッ…。
「…ゴホッ!」
ゲホッゲホッ……炭酸のピリピリする感触が喉に引っかかって、ひどくむせ返ってしまった。
あの人は、もう半分以上飲み干してしまったグラスを、胸を押さえて咳き込んでいる私の目の前にちらつかせる。
少し涙目になっていた私には、それが3人にも4人にもぼやけて見えた。
「慣れないことするから…でも、どう?初めて味わう『大人の味』は?」
そんな風に首をかしげられて、微笑を浮かべられて、私は無意識のうちにもう一度グラスの中身を口に運んでいた。
ゴクッ…ン…………お…??
かすかに苦い味が広がるけど、力を入れて飲み込んでみたら、すぅっとした喉ごしで、変な飲み物よりはよっぽどいける。
アルコールって…おいしかったんだ。
ビールのおいしさに目覚めてしまった私は、体を慣らすということを理由にして、コクコクと、さっきのような馬鹿な失敗はしないように少しずつ、でも確実に中身を減らしていくことにした。
「気に入った?焼肉と一緒だと、もっとすすむと思うけど…あ、きたみたい」
「お待たせいたしましたーッ!」
大きな刺身盛り合わせの皿みたいな上に、きれいに広げられた肉が放射状に並べられていて、真ん中にパセリとかキャベツとかが置かれている。
しかし、それより何より私が驚いたのは、ウェイトレスさんがその大きな皿を一人で4枚も5枚も運んでいたことだった。
しかも、手で持つだけじゃなくて、腕の上に乗せて歩いたりしている。
真っ白の煙の中、みんな色も形も同じはっぴのような服を着た若い女性店員が、お盆を片手に私たちを席に案内してくれた。
どの席からも、愉快な笑い声が聞こえてきていて、少しお酒の匂いが濃く香ってくる。
案内された席は、ちょうど2人で向き合って食べることが出来る、あまり大きくないテーブル席だった。
そこにつくなり、店員さんは、小さなグラスに氷を入れてキンキンに冷やした水とメニュー表を私と薫さんの前において、
『注文が決まり次第、お呼び止めください』って、軽く会釈をしてキッチンのほうに走っていった。
何だか、くるくると忙しそうに、皿を上げたり、注文を取りに行ったりする店員さんが、私にはまぶしく見える。
薫さんは、出されていたお絞りを開けて、手を拭きながら、さっき見に行ったブティックと同じような反応を見せている私の方を見て、また笑っていた。
しかも今度はかなり大きなリアクションつきで…。
「君が来たかったところなんでしょ?もう少し落ち着いたらどう?楽しまなきゃ」
そう言うと、ビニールコートされたメニューの見開きを見ながら、ゴクンッと一口水を飲んだ。
いや、これでも一応落ち着いてるんですけどね…楽しんでるんですけどね…。
しかし、いざ!!と勇んでメニューを見ても、実際のところ、何が書いてあるのかさっぱりわからない。
これ、本当に日本語なの?と思うくらい、冗談なしで、何もわからなかった。
ただ、この店は一応『焼肉屋』なのだから、鉄板で焼くための肉はきちんと置いてあるはずだけど、ここにはよくわからないカタカナばかり載ってるし…。
そう、きたかったのは焼肉屋なんです。
どうしてかって言われても、こんな奇妙な光景に悩まされながらも、メニューごときで悩むのを人に不審に見られながらも。
とにかくっ!!
私にとって、『焼肉屋に行くこと』とは、みんなが芸能人に憧れるというように、一種の憧れの最先端にあるものだったのです。
まあ、この理由は後々説明することにして…とにかく、何か注文というものをしてみたいと思って、眉毛を八の字にして悩んでいたとき、前からあきれたような薫さんの声が聞こえた。
ついで、パフッとメニュー表で頬を軽くたたかれた。
「ッたく…そんなに百面相して。何もわからないのなら、素直に私に任せておけばいいんだって。勝手に注文しちゃうね」
そう言うと、私に『はい』も『いいえ』も言わさずに、いわゆる有無も言わさぬ間に店員を呼びつけた。
「とりあえずビール2本と…」
「薫さん!?」
「それから、カルビとロースに…タン塩と塩ミノにハツ、それからそのときに一緒にエゴマとかも持ってきてくれる?」
「はい。…ご注文は以上でよろしいですか?」
「ええ」
「かしこまりました!」
さっきの…日本語なのかな?かろうじて、どうにかカルビとか言ってたのは聞こえてわかったけど…食べれるの?
そう思うような名前のものばかりを、手際よくピピッと何か手帳くらいの機械に打ち込むと、店員の人はキッチンに向かってしまった。
それとほぼ同時に、私は、フンフン…と腕を組んで鼻歌を歌っている薫さんの顔をにらみつけた。
「あの」
「なあに?」
「私、一応未青年なんですけど」
「うん。だから?」
「ビールは飲めません」
「そうね」
薫さんの発した言葉は、それだけだった。
ちょっと気が抜けた。
あらら、今回は意外とあっさり認めてくれるんじゃないの?
でも、そう思ったのはそのときだけだった。
注文通りにビールが来ると、きちんと2つ、注ぎ口のところに引っ掛けられていたグラスをひっくり返し、トクトクトク…とこぼれそうなくらいに注いで、それを私の前にわざと音を立てて置いてくる。
「でも、今日はいいじゃない?制服も着てないし、顔もずいぶん大人に見えるようになったから、誰も怒ったりしないよ」
「でも…」
「…じゃあ、ジュース頼んで上げよっか?オレンジがいいかなぁ?それともコーラかなぁ?」
シュワシュワと小さな泡が立ち上るグラス越しに、意地悪な目をした薫さんの顔が見えた。
まるで、遠回しに『お子様、お子様』と言われているようで、それもそれで少しカチンときた。
「…いいです」
「そうこなくちゃ。それじゃ、宥稀ちゃん注いでくれる?」
「…ええ」
いいですよ、どうせ…子供ですから。
素直に負けを認めた…というか、人の心を読むのが上手な薫さんに打ちひしがれたというか、半分くらい中身の残ったビールを注ぐ。
白い泡の王冠が黄色の層の上にふたをすると、薫さんはグラスを持って、私の目の前に突き出してきた。
「乾杯、しよっか?」
私はうなづいて、小さくグラスを持ち上げると、カチャッと涼しいガラスの音をさせた。
「乾杯」
一気に、しかもとてもおいしそうに薫さんがビールを飲み干していくのを見て、どうも負けたくないという気持ちが出てきてたまらない。
いち…にぃ…と呼吸を整えて、グラスの中身を一気に口の中に流しこ…ッ…。
「…ゴホッ!」
ゲホッゲホッ……炭酸のピリピリする感触が喉に引っかかって、ひどくむせ返ってしまった。
あの人は、もう半分以上飲み干してしまったグラスを、胸を押さえて咳き込んでいる私の目の前にちらつかせる。
少し涙目になっていた私には、それが3人にも4人にもぼやけて見えた。
「慣れないことするから…でも、どう?初めて味わう『大人の味』は?」
そんな風に首をかしげられて、微笑を浮かべられて、私は無意識のうちにもう一度グラスの中身を口に運んでいた。
ゴクッ…ン…………お…??
かすかに苦い味が広がるけど、力を入れて飲み込んでみたら、すぅっとした喉ごしで、変な飲み物よりはよっぽどいける。
アルコールって…おいしかったんだ。
ビールのおいしさに目覚めてしまった私は、体を慣らすということを理由にして、コクコクと、さっきのような馬鹿な失敗はしないように少しずつ、でも確実に中身を減らしていくことにした。
「気に入った?焼肉と一緒だと、もっとすすむと思うけど…あ、きたみたい」
「お待たせいたしましたーッ!」
大きな刺身盛り合わせの皿みたいな上に、きれいに広げられた肉が放射状に並べられていて、真ん中にパセリとかキャベツとかが置かれている。
しかし、それより何より私が驚いたのは、ウェイトレスさんがその大きな皿を一人で4枚も5枚も運んでいたことだった。
しかも、手で持つだけじゃなくて、腕の上に乗せて歩いたりしている。
作品名:Hysteric Papillion 第6話 作家名:奥谷紗耶