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Hysteric Papillion 第3話

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ある程度まで話がついたところで、女性の手を離れた痴漢サラリーマンは、それはそれは幸せそうに…駅員さんに両腕をつかまれたまま連れて行かれていた。

もちろん、行き先は鉄道警察に決まってる。

「さあ、行きましょうか?警察は嫌いだけど…」

女性は、私に向かってくすっと笑うと、何もなかったかのように、私たち2人と歩幅を合わせ始めた。














あのサラリーマンについての警察での取調べが終わったのは、7時を過ぎたくらいだった。

テキパキとあの女性がみんな取り計らってくれたため、普通よりも早く終わったらしい。

おごってあげるよ、ということで、なぜか私と拮平ちゃんは、近くのカフェテラスに連れて行かれた。

一番隅っこの壁際のテーブル。

私が壁側に座り、その向かいに拮平ちゃん、そして、

「んー、じゃあ、私はこっちに…」

と、特に気にしているのかいないのか、私の隣に女性が座る。

簡単にこちらの名前を言うと、彼女も、自分は、新堂薫という名前だと教えてくれた。

その後、ウェイターがきて、3人の注文を取った。

私がアイスティ、拮平ちゃんはついでに軽く食べて帰ろうと言って、おごってもらえるということもあるからなのか、クラブハウスサンドとコーラ、薫さんは、ミルクティを注文した。

「しっかし、かっこよかったなあ。痴漢捕まえていた薫さん」

「ありがとう。拮平君は、あんなことするような人にならないでね?」

「そんな…当たり前ですって!」

拮平ちゃんは、調子よくそう言うと皿に盛られたクラブサンドにかぶりついた。








やっぱり…。








やっぱり、その、男の子は美人に弱いのかな?と思う。








「宥稀もさっ…もっと早く言えよ…もぐもぐ。オレがあんな奴、とっとと突き出してやったのに…もぐもぐ」

「拮平ちゃん、食べながらしゃべるのはやめなよ。失礼だから…」

「あら、男の子はこれくらいじゃないと。ね?」

「そーっすよね?!」

もう、でれーっとしちゃって。

桔平ちゃんと薫さんが同じように、『ねーっ』て…。

…今朝のイメージとは、だいぶ違っていた。

こんなに男の子に普通に話をする人だったんだ。

ちょっとそこが、癇に障ったのはなぜだろう。

そんな気も知れず、優雅に紅茶のカップを口元に運ぶ薫さんは、こちらを向いて微笑んだ。

「宥稀ちゃんも、災難だったわね?でも私は、またあなたに会えてうれしいけど」

確かに、『お茶する』という彼女の目標?は達成できてる。

こっちも、何となく、朝の怒りは収まっていた。

さすがに、痴漢撃退をしてもらった人に対して、悪い顔はできない。

「え?知り合いなの?」

「今日の朝、電車の中で偶然一緒だったのよね?」

「ええ…」
 
完全に薫さんのペースに乗せられ始めていた頃、拮平ちゃんのポケットから、音楽が聞こえた。

妙にテンポのいいミッキーマウスマーチ。

拮平ちゃんは携帯電話を焦って取り出し、電話に出る。

「っと…はーい、もっしもし、こちら相沢拮ぺ…あ?何だ、母さん…え?!これからすぐって…わ、わかったよ。帰りますー!!じゃあな」

はいはい、だから私はお地蔵様でも、イエス様でもな…まあ、もうわかるか。

乱暴に電話を切ると、カバンを持って、桔平ちゃんは、また私に向かって両手を合わせてくるんだから。

「宥稀、ごめん!!何だか急に母さんが配達行けって電話かかってきて…」

「いいよ。あとは家に帰るだけだから」

「ごめんな…あ、すいません、オレ、ここで失礼します。ご馳走様でした」

「ええ。また会いましょうね」

「おすッ!」

最後まで手をこちらに振りながら、拮平ちゃんは次の電車に乗るべく、駅のほうに走っていった。

時計は、7時20分。

さて、私も帰らないと…。

「君とお茶することができてよかった」

「…はい?」

今朝と同じように、聞き返してしまった。

とても機嫌がよさそうに見える薫さんは、先ほどまでは見せていなかったようなその、意地悪そうな笑顔を浮かべているように、私には見える。

「朝は断られちゃったから」

「それは…学校が」

「わかってるって。でも、まさかこんなことになるなんてね、びっくりだよね」

確かにびっくりだった。

もっとびっくりなのは、またこの人…薫さんと、同じ時間の同じ車両に乗り合わせていたという奇跡のような事実に対してだけどね。

あ…。

よく考えたら、薫さんにお礼を言ってないや…。

助けてもらったのに、こんな薄情なことはできないよね。

そのことに気づいて、ちらっと薫さんの方を上目で見ると、にこっと満面の笑顔を返される。





ああああ、余計に言いづらい…なんでだろう、うまく切り出せ……





「本当はね、あの痴漢…殺してやろうって思ったの」







カチャカチャとスプーンで冷めた紅茶をかき回しながら、薫さんはいきなりこんな恐ろしいことをつぶやいた。











こ、殺すって…この人、意味わかってるの?











たかだか、私に触ってきた痴漢にどうしてこれほどまでに執着するのか、見当がまったくつかない。

過去にあの痴漢に同じ目に合ったのだろうか?












そう思った私だったけど、答えはまったく違っていた。

「ターゲットが君だったから…」












え…?












私があっけに取られている間に、しっかりと肩を抱かれていた。

体も、ぴったりと密着していて、朝のときの心臓のドキドキが蘇える。

聞こえないようにしたいけど、できない。

薫さんの唇が、首筋に擦り寄ってくる。

柔らかい粘膜がそっと肌に触れて、チュッと音がする。

私は、びくんっと体を震わせてしまった。

同性の人間にこんなことをされているというのに、気持ち悪いという気持ちが不思議とないのが驚きだった。

「でも、無事でよかった。ほんとに」

耳元でそんな声がしたのは理解できても、それに対して返事もお礼も言うことはできなかった。












なぜなら、唇はそのとき、きれいに薫さんによって奪われていたからだ。
作品名:Hysteric Papillion 第3話 作家名:奥谷紗耶