Hysteric Papillion 第3話
「朝はごめんなっ!」
…先に言っておきましょーかぁ、桔平ちゃん。
私はお地蔵様でも、イエス様でも、お釈迦様でもなんでもありません。
両手を合わせて、しつこいくらい何度もあやまられたけど、私はぷいっと別方向を向いたまま、スタスタとホームへの階段を上っていた。
「ほんっとにごめんって。朝起きた時にはもう8時前でさ、必死になって駆け込んできたんだけど間に合わなくて…」
「…拮平ちゃんのバカ!!」
「バ…バカ…」
振り返ってそう告げてやると、向こうは一瞬あっけに取られたように表情を固めて、そしてまた、すぐにまたダッシュで追いかけてきた。
「あ~あ、すぉ~ですよ!!どぅお~せオレはバカですよおおだっ!!」
そんな風に拮平ちゃんが開き直ってふんぞり返っているのを見て、私は思い切り声を上げた。
「そうだよ!大切な幼なじみが、時間調節してまで待っているのをすっぽかすくらいバカなんじゃないの?!」
「そーだよ…って、そこまで言わなくてもいーだろ…なんか空しくなってくるっての…」
高校生2人がこんな会話を、しかも片方は、超レアで希少価値的な制服を着た世間体ではお嬢様。
まわりの視線は、私と拮平ちゃんに注がれている。
小さく、『許してあげればいいのに…』とか言うセリフも聞こえてきたりして。
でも。
怒るのも当たり前。
電車が遅れたおかげで遅刻するし、何より…。
「拮平ちゃんのせいで、大変な目にあったんだから」
「…大変な目?」
もう時計は6時半を指している。
まず1つ目は、あの広い礼拝堂を今の今まで、シスターたちとの約束どおり、たった一人で掃除をしていたこと。
一人で雑巾がけして椅子運んで…という重労働をしたんだから。
部活も出れなかったんだぞ。
少し、足腰がきついんだぞ。
2つ目は、家に帰れば、おじさんたちに説教をされ、何よりあのお目付け役に何を言われるやら…。
そして、3つ目は…。
「…拮平ちゃんには教えない」
「な…どうしてだよ」
今朝と同じように人だらけの中に、並んでいた私と拮平ちゃんは、押し込められた。
言えるわけないじゃん…。
女の人にナンパ(みたいなこと)されたなんて、笑い話にしかならないんだから。
狭い中、小さくボリュームを落とした声で、隣の拮平ちゃんにくっつくようにして話しかける。
「それよりもさ、バスケの方はどうなの?調子いいって言ってたでしょ?」
「おう、今県大会でベスト16までいってるぜ。明仁も章介もみんな調子いいし、何より、オレと今野センパイのコンビが得点源っていうかよー」
「…今野センパイ、今野センパイって、桔平ちゃん、ほんと、先輩のこと尊敬してるんだ?」
「そりゃそうにきまってるじゃねえか。あの先輩は、オレにとっては兄貴も同様。一生ついていきますって感じだぜ!」
明仁と章介、それからこの拮平ちゃんは、私の小さな頃からの幼なじみ。
とあることで、あのお嬢様&お坊ちゃま学校に通わされるまでは、夕暮れどきまで一緒に遊んでいた悪仲間だったって…感じかなあ。
章介と明仁は、家が真反対の方向で、今ではなかなか会えない。
拮平ちゃんからは、会えない2人のことや、今野センパイとかいうバスケ部の先輩の話とか…そんな私の学校ではメジャーにもならないような話題をいろいろ教えてもらえる。
だから、拮平ちゃんと一緒にいるのは楽しい。
それで、いつもあとから、
「おまえの方どうなんだ?」
って、こっちのことも心配してくれる。
桔平ちゃんって、何だかんだ言って、やっぱりやさしいんだね?
もう少ししたら、一つ目の駅に着く。
朝に話ができなかった分、少し心残りだ。
「宥稀、その…お前、映画って好き?」
「え?」
「いや、何ていうかさ…友達がチケットくれたっていうか、奪ったっていうか…」
そういうイライラするしゃべりの中、急にまじめな感じで拮平ちゃんがつぶやいた。
みんなは、次に続く言葉くらいわかるって言うけど、私は、わからずにきょとんとしていた。
私が相当鈍いんだという。
「あの…さ、今度の水曜にさ、映画にでも行かない?」
いいなあ、映画かぁ。
「オレのとこも、宥稀のとこも試験終わって、すぐだからさ?」
うーん…でも、確か今度の水曜っていったら…和美さんと約束したし…。
散々悩んだけど。
…ダメだよね、やっぱり。
「…確か今度の水曜は…っ!?」
後ろの方に、妙な感触がした。
モゾモゾッとした、不快な感触。
「ダメか?」
「え?あ…うん。先客がいて…」
「…どうかしたのか?」
これだけの人ごみだ。
さすがの拮平ちゃんも気付いてない。
私だって、こんな目に合うとは思わなかった。
痴漢だ。
ギュウギュウ詰めで後ろを振り返れない上に、何も気にせずに防護策もとらなかったため、自分の体は、無法状態になっている。
ご丁寧にスカートの上から脇腹や腰のくびれをなぞっていって、片方の手は肩に、そしてスカートの中にもう片方の手を入れて触ってくる。
痴漢の癖にこれだけ大胆に行動するのは、ある意味勇敢だ、よね。
でも、そのゴツゴツした手のひらの感触に、じっとりとした汗の存在を感じ取れたとき、わたしの頭の中で何かがプチンと音を立てて切れた。
この状況下で、まわりにかまってなど、いられるわけないでしょおお!!
「っ…ちょっ…!!」
「いっ、いててててて!!!」
え…?
まだ、私は何もしてないんだけど…。
「いい根性してるわねえ。お仕事でおつかれなのを、かわいい女子高生の体で満たそうっていうことかしら?」
プシューッという音がして、痴漢騒ぎも何も知らない人たちが一つ手前の駅で降りていく。
何となく、聞いたことのあるような声がした気がした。
後ろに感じていた痴漢の圧迫感が急にフッとなくなって、後ろを振り返る。
「宥稀、お前変なことされてたのか?!」
拮平ちゃんの必死の言葉も、頭にあまり入っていなかった。
なぜなら、何人かの人が降りて空いたスペースで、くたびれた中年サラリーマンが、背の高いスーツ姿の女性に両腕を背中にまわされて、そのまま電車の外へと引きずりおろされていたからだった。
どうやら、最初のあの声は、この人が腕をひねり挙げられた時の声だったらしい。
見事な光景に、拮平ちゃんも口をつぐむ。
うわぁ…すごい女性って…って…。
この人って…。
こ…この人、今朝の私を抱き人形にした人ぉ!?
「さあ、意見を聞かせていただきましょうか」
そう言うと、あの女性は、他の客を押しのけるようにこの客を吊るし上げたままホームに出ていった。
もちろん、被害者である私と、拮平ちゃんも急いで外に出る。
駅員さんたちも、騒ぎを聞きつけて、こちらに向かって数人走ってきていた。
女性は、痴漢サラリーマンを乱暴に壁にたたきつけたまま、駅員さんと何か会話をしている。
…先に言っておきましょーかぁ、桔平ちゃん。
私はお地蔵様でも、イエス様でも、お釈迦様でもなんでもありません。
両手を合わせて、しつこいくらい何度もあやまられたけど、私はぷいっと別方向を向いたまま、スタスタとホームへの階段を上っていた。
「ほんっとにごめんって。朝起きた時にはもう8時前でさ、必死になって駆け込んできたんだけど間に合わなくて…」
「…拮平ちゃんのバカ!!」
「バ…バカ…」
振り返ってそう告げてやると、向こうは一瞬あっけに取られたように表情を固めて、そしてまた、すぐにまたダッシュで追いかけてきた。
「あ~あ、すぉ~ですよ!!どぅお~せオレはバカですよおおだっ!!」
そんな風に拮平ちゃんが開き直ってふんぞり返っているのを見て、私は思い切り声を上げた。
「そうだよ!大切な幼なじみが、時間調節してまで待っているのをすっぽかすくらいバカなんじゃないの?!」
「そーだよ…って、そこまで言わなくてもいーだろ…なんか空しくなってくるっての…」
高校生2人がこんな会話を、しかも片方は、超レアで希少価値的な制服を着た世間体ではお嬢様。
まわりの視線は、私と拮平ちゃんに注がれている。
小さく、『許してあげればいいのに…』とか言うセリフも聞こえてきたりして。
でも。
怒るのも当たり前。
電車が遅れたおかげで遅刻するし、何より…。
「拮平ちゃんのせいで、大変な目にあったんだから」
「…大変な目?」
もう時計は6時半を指している。
まず1つ目は、あの広い礼拝堂を今の今まで、シスターたちとの約束どおり、たった一人で掃除をしていたこと。
一人で雑巾がけして椅子運んで…という重労働をしたんだから。
部活も出れなかったんだぞ。
少し、足腰がきついんだぞ。
2つ目は、家に帰れば、おじさんたちに説教をされ、何よりあのお目付け役に何を言われるやら…。
そして、3つ目は…。
「…拮平ちゃんには教えない」
「な…どうしてだよ」
今朝と同じように人だらけの中に、並んでいた私と拮平ちゃんは、押し込められた。
言えるわけないじゃん…。
女の人にナンパ(みたいなこと)されたなんて、笑い話にしかならないんだから。
狭い中、小さくボリュームを落とした声で、隣の拮平ちゃんにくっつくようにして話しかける。
「それよりもさ、バスケの方はどうなの?調子いいって言ってたでしょ?」
「おう、今県大会でベスト16までいってるぜ。明仁も章介もみんな調子いいし、何より、オレと今野センパイのコンビが得点源っていうかよー」
「…今野センパイ、今野センパイって、桔平ちゃん、ほんと、先輩のこと尊敬してるんだ?」
「そりゃそうにきまってるじゃねえか。あの先輩は、オレにとっては兄貴も同様。一生ついていきますって感じだぜ!」
明仁と章介、それからこの拮平ちゃんは、私の小さな頃からの幼なじみ。
とあることで、あのお嬢様&お坊ちゃま学校に通わされるまでは、夕暮れどきまで一緒に遊んでいた悪仲間だったって…感じかなあ。
章介と明仁は、家が真反対の方向で、今ではなかなか会えない。
拮平ちゃんからは、会えない2人のことや、今野センパイとかいうバスケ部の先輩の話とか…そんな私の学校ではメジャーにもならないような話題をいろいろ教えてもらえる。
だから、拮平ちゃんと一緒にいるのは楽しい。
それで、いつもあとから、
「おまえの方どうなんだ?」
って、こっちのことも心配してくれる。
桔平ちゃんって、何だかんだ言って、やっぱりやさしいんだね?
もう少ししたら、一つ目の駅に着く。
朝に話ができなかった分、少し心残りだ。
「宥稀、その…お前、映画って好き?」
「え?」
「いや、何ていうかさ…友達がチケットくれたっていうか、奪ったっていうか…」
そういうイライラするしゃべりの中、急にまじめな感じで拮平ちゃんがつぶやいた。
みんなは、次に続く言葉くらいわかるって言うけど、私は、わからずにきょとんとしていた。
私が相当鈍いんだという。
「あの…さ、今度の水曜にさ、映画にでも行かない?」
いいなあ、映画かぁ。
「オレのとこも、宥稀のとこも試験終わって、すぐだからさ?」
うーん…でも、確か今度の水曜っていったら…和美さんと約束したし…。
散々悩んだけど。
…ダメだよね、やっぱり。
「…確か今度の水曜は…っ!?」
後ろの方に、妙な感触がした。
モゾモゾッとした、不快な感触。
「ダメか?」
「え?あ…うん。先客がいて…」
「…どうかしたのか?」
これだけの人ごみだ。
さすがの拮平ちゃんも気付いてない。
私だって、こんな目に合うとは思わなかった。
痴漢だ。
ギュウギュウ詰めで後ろを振り返れない上に、何も気にせずに防護策もとらなかったため、自分の体は、無法状態になっている。
ご丁寧にスカートの上から脇腹や腰のくびれをなぞっていって、片方の手は肩に、そしてスカートの中にもう片方の手を入れて触ってくる。
痴漢の癖にこれだけ大胆に行動するのは、ある意味勇敢だ、よね。
でも、そのゴツゴツした手のひらの感触に、じっとりとした汗の存在を感じ取れたとき、わたしの頭の中で何かがプチンと音を立てて切れた。
この状況下で、まわりにかまってなど、いられるわけないでしょおお!!
「っ…ちょっ…!!」
「いっ、いててててて!!!」
え…?
まだ、私は何もしてないんだけど…。
「いい根性してるわねえ。お仕事でおつかれなのを、かわいい女子高生の体で満たそうっていうことかしら?」
プシューッという音がして、痴漢騒ぎも何も知らない人たちが一つ手前の駅で降りていく。
何となく、聞いたことのあるような声がした気がした。
後ろに感じていた痴漢の圧迫感が急にフッとなくなって、後ろを振り返る。
「宥稀、お前変なことされてたのか?!」
拮平ちゃんの必死の言葉も、頭にあまり入っていなかった。
なぜなら、何人かの人が降りて空いたスペースで、くたびれた中年サラリーマンが、背の高いスーツ姿の女性に両腕を背中にまわされて、そのまま電車の外へと引きずりおろされていたからだった。
どうやら、最初のあの声は、この人が腕をひねり挙げられた時の声だったらしい。
見事な光景に、拮平ちゃんも口をつぐむ。
うわぁ…すごい女性って…って…。
この人って…。
こ…この人、今朝の私を抱き人形にした人ぉ!?
「さあ、意見を聞かせていただきましょうか」
そう言うと、あの女性は、他の客を押しのけるようにこの客を吊るし上げたままホームに出ていった。
もちろん、被害者である私と、拮平ちゃんも急いで外に出る。
駅員さんたちも、騒ぎを聞きつけて、こちらに向かって数人走ってきていた。
女性は、痴漢サラリーマンを乱暴に壁にたたきつけたまま、駅員さんと何か会話をしている。
作品名:Hysteric Papillion 第3話 作家名:奥谷紗耶