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熾(おき)
熾(おき)
novelistID. 55931
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月のあなた 下(2/4)

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救援



「ただいま…」

 日向が玄関を開けると、編み上げ靴を穿き掛けている姉と目が合った。  

「お、おかえり」

 穂乃華は見上げていた目を逸らして言うと、結び掛けていた紐をほどき始めた。

「あれ…どこかいくんじゃないの?」
「いや、いいんだ」

 ぶっきらぼうに言って、靴を脇に避けると、さっさと台所に入って行った。
 その背中を追って台所に入ると、夕食の下ごしらえの途中だった。 

「おねえ、もしかして」

 穂乃華はコートを壁に掛け直しながら、早口にまくし立てた。

「ちがう、豆腐を切らしていたから買いに行こうと思ったがひなの顔を見
たらその気が無くなったと言うだけだ」
「――」

 日向は歯を食いしばると、その背中に抱きついた。

「…なんだ、どした?」

 穂乃華はコートをかけ終わった姿勢のまま、静かに訊いた。

  *

「気にするな」

 姉は日向からかいつまんだ話を聞いた後、そう言って首を振った。

「日向にいろいろあるみたいに、相手にだっていろいろあるんだ。話を聞いた感じ、お前は何もしてないし、相手もお前にはいやなことをしたくないんだ」

「…でも…」

「長い付き合いにしたいんだろ?」
「うん」
「じゃあ、いろいろ山谷はあって当然だろう? 相手の気持ちを考えるのも大事だけどな。結局そんなの分からないんだ。仮に考えて一致したとしても、分かった気になんてなるな。それよりも大事なのは、お前がその子にどうしたいかってことなんだ」
「……」

「居間でテレビでもみてな」
「うん――」

 日向は頷き、とぼとぼと居間へ向かった。
 その背中に穂乃華は付け加える。

「あ、それと今日はもう外に出るんじゃないぞ」

 日向は返事をせずに居間のソファまで行って座ると、テレビの電源をつけた。なんとなくチャンネルを変えている内に、地元のケーブルテレビの緊急特番にぶちあたる。右上の白抜き時刻は『16:30』。

「火曜日から続発している連続失踪・衰弱事件。同一犯の可能性が浮上してきました。先ほど愛智県警は記者会見で、この同一犯が和家市中心部から北東部に移動していることより、現在内陸部近隣地域にかけても潜伏の可能性があるとして住民への警戒を呼び掛けています――」

「げ」

「――もし不審な人物を見かけられた場合は、慌てず身を隠し、警察に通報後指示を仰いでください。…また、この容疑者には月曜の和家港に於けるテロ事件との関連もささやかれていますが…」

「お姉ちゃん! これ」

「だから昨日いっただろう。外から来たマレウドだよ。…身を紛らわすのがうまいやつだ。もしかしたらもうこの辺にいるかもしれない」

「わたし、友達にメールしてみるよ」

 日向は鞄から携帯を取り出すと、CHAINで四人のグループを作り、メッセージを送った。
 程なくして、先ず法子から返事があった。

『ありがとう! 今学校からも連絡があったよ』 

 まずほっとした五分後、晶からも、

『のりっぺからメッセ来てるって聞いたよ。ありがとな。もう大体みんな下校したぜ』

 お前何の為に携帯持ってんだ、と日向は思った。

 ニュース画面からは、テロップと同時に、警察のインタビューの様子が繰り返し流され続けている。
 やがて四時四十分ごろ、ニュースキャスターの顔が再び映し出された。

「ただ今緊急情報が入りました。一連の事件の容疑者と思われる男は桜垣市南部に潜伏している可能性が高いとの事です。これを受けて、同地域には先ほど乙種治安警報が発令されました。職場、学校などの大人数が集まる施設に居る方は、直ちに自宅に避難してください。繰り返します。外出を控え…」

「……!」

 日向は画面を何度も見るが、既読表示は二人のままである。さらに、日向は同じ内容のメールを打つ。
 家の外から、サイレンの音が響いてきた。
 日向は通話画面で蜜柑の番号を呼び出すと、機械音声が応答してきた。
 彼女は別れ際、なんと言っていたか?

 ――ややこしくて、ひとりでやっつけなくちゃいけないやつなんだ――

(ひとりで。)

 いやな予感がした。
 ほぼ間違いなく、蜜柑は携帯の電源を切っている。おそらく誰とも話したくないような気分でいる。そして、どんどん自分の内側へと沈んでいきたくなるあの気持ちに囚われているのではないか。 
 日向は自分の経験を思い起こした。何かを引き金に、自分は誰からも見捨てられていると感じているとき、人には正常な判断ができない。

(もし、万が一。)

 それから思いついて、学園の代表番号に掛けた。
 通じない。
 日向は思わずソファから立ち上がった。

「…おねえちゃん」

 返事はなく、台所の方からは油の跳ねる揚げ物の音が聞こえてきた。

「…ふんふーん…とんでけ! 侵攻の…イカリング娘~♪」

 キッチンを覗くと、小声で歌っている穂乃華の背中があった。

(だめだ。)

 そのエプロンの結び目と、右手のさえ箸を見ながら、日向は歯噛みした。
 打ち明ければ、姉はきっと自分を外に出さないだろう。そうなれば、自分は姉と衝突せざるを得ないが、勝てる可能性は皆無であった。
 日向は一度リビングに戻り、棚の上に飾られた母の写真を見た。
 まだ幼いころの、苦しそうな姉妹の首に腕を掛けて、片頬ずつを娘たちにくっつけ、ダブルピースしているしろが居た。

(おかあさん。)

 お姉ちゃんを巻き込みたくないの。でも蜜柑ちゃんを助けないといけないの。

(どうすればいいの、お母さん。)

 ――何かあったら――
 ――お母さんの部屋だね――

「!」
 日向は再びキッチンを覗くと、姉がまだ揚げ物にかかりきりであるのを確認すると、ゆっくりと階段を上って行った。 

 ドアには『しろの部屋』と、丸みのあるレタリングで木の看板が掛けられている。
 長らく開けたことの無かったドアノブに触れた瞬間、だが不思議と温かさが伝わって来た気がした。
 中に入ると、東向きの窓にはもう殆ど光がのこっておらず、薄暗かった。だが中身は、小学校のころの記憶と、何一つ変わっていない。部屋は屋根裏で、半分斜めに切り取られている。屋根のすぐ下になる、向かって左側には小さなベッド。右側には漫画の単行本がぎっしり詰まった本棚が二つ。そして、奥の机には、ミシンと、机の足元には、使われないままになった様々な生地やクッションが。

(母さん、いっぱいつくったなあ。)

 もとはコスチュームプレイの為に習得したらしいのだが、母は子供服やぬいぐるみまで拵えて見せた。
 日向はミシンの頭から首へ、首から胴の方へと手で撫でて行った。そして、銅の根元のところで、手をミシンの裏に回した。

「たしかここを…」

 裏には留め具があり、それをねじると、台の右足部分が扇状にスライドして出てきた。その扇形の皿の上には、金の鍵が入っている。
 それを見た時、初めてこの隠し場所を聞いたときの事が思い出された。

  *

 自分は、六歳くらいだろうか。思い出の中の母は、静かに輝いており、温かい。

「ほんとうに、ほんとぉー、ぉー……………」

 娘の両肩を掴むと、しろはそのまま下げた頭を床にぶつけた。

「に!」