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熾(おき)
熾(おき)
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月のあなた 下(2/4)

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衝突



 祇居は、グラウンドで倒れていた計十数人の生徒を砂の繭から引きずり出して、口につながっている糸を断ち切った。そして、それぞれの心音と呼吸を確かめた後、日陰に並べた。
 途中でサイレンの音が近づいたため、作業を止めて様子を伺う。

「……」

 しばらく経ったが、誰かが学園内に入ってくる気配はない。

(やっぱり、もっけがらみか。)

 大和がマレウドと呼ぶものを、祇居の村ではもっけと呼んでいた。だが、美濃人言葉で一番流布している呼称を用いるならば、それは〈鬼〉、もしくは〈妖怪〉ということになるだろう。
 美津穂において、この超常に関わる治安維持は大和に一任されている。警察ができるのは被害の拡大を食い止めるための隔離がせいぜいだ。

(今回一番警戒されてたのは、和家の都心だったな。)

 その為に応援が遅れている、というところまで少年は一瞬で察した。次の一瞬で、相手の目的も把握する。

(たぶん、学園長の言っていた石。) 

 その祭壇として最もふさわしいのは。
 祇居は本棟に向き直った。

  *
 
 本棟の入り口に着くと、コートの男が蜜柑を脇に抱えて、中庭をこちらへ横切ろうとしているところだった。

「待ってください」

 相手は祇居を認めた瞬間に立ち止まっていたが、あえて呼びかけた。
 コートの首から突き出ているのは、黄色い毛並み、金の瞳を持つ耳の大きな狼の顔。

「ヌシよ。もう聖石は預からせてもらった。それと、娘を一人もらい受ける」

「その子は」

 祇居が走り出した瞬間、そのすぐ手前に数本の矢が音を立てて刺さった。薄いガラス質のそれは、鋭く地面に突き立って虹色に光を反射させている。

「それ以上近寄るな」

 狼男が右掌を前に出すと、その中心から新たな矢の頭が二本見え隠れする。

「やっぱり大甘さんだ…どうして」

「この娘、氏子であったか」
「級友だ」

「借り受けたい」

 狼男は傲然と言い放った。

「断る」

 祇居は身に気迫を充満させて、狼男を見かえした。

「だろうな…土地に祀られた者として当然だ…」

 言葉の響きに、哀切のようなものが含まれていた。

(もしかすると、交渉の余地があるかもしれない。)

 祇居は深く息を吸うと、落ち着いて話しかけた。

「あなたもいずれ名のある神でしょう。なぜこのようなことをされる」
「名などない。万物の創造主より、一辺の土地を仮に託された精霊に過ぎぬ。その土地が死に絶えようとしている。それを今一度甦らせんが為に、必要なのがこの石だ」

 狼男は、腕に抱えた蜜柑を見下ろした。

「…あなたのふるさとは、どこですか」
「遥か西。天には星の海、地には砂の海の横たわる場所。名は言わぬ。言っても主は知らぬ」
「災に遭われたのか」
「暴虐に遭ったのだ。死の風が吹き、土地は呪われた」

 そのまま、言うべきことは言ったというように、狼は口を閉ざした。
 祇居は黙考したが、直ぐに決した。

「石は持って行ってもかまわない」

「産土様!」

 突然、たまりかねたようにスピーカーから声が響く。
 その声に、祇居は直ぐに気づいた。

「先生、大甘さんの命を助けるにはこれしかありません。僕が責任を取ります。要石は、実家のものを削ります」
「そういう問題ではないんです…、それは、特別なんです」
「これが学園の繁栄を守っていたのかもしれない。でも人命が第一ではないですか」
「でも……」

 女性の声はなおも何かを小さく言い続けていたが、やがて静かになった。

「すまなかった。とにかく石は渡す。その子は返してくれ」

 祇居は向き直る。

「譲歩してもらった事に礼を言う。だが、無理だ」

 狼は蜜柑の体の向きを持ちかえると、その胸元を祇居に見せた。貝殻のような白い輝く石が、完全に少女の体と癒着していた。

「今、聖石はこの娘で封をしてある。私の村は遠い…気が遠くなるほどだ。辿り着くうちに、石の力が風に漏れ出てしまう」
「…僕の家で、しかるべき封印を用意しよう。だから、少し時間をくれないか」

 初めて見る霊技に驚きながらも、祇居は交渉を続けた。

「その言葉に違えがあるとも思わんが、断る。船が出てしまうのだ。村にこの石を根付かせさえしたら、この娘は返す」
「すまないが、その言葉こそ信じられない。貴方が嘘を吐く気が無くても、尋常な旅にならないのは明白だ。普通の女の子じゃ、耐えられない」

 二人は黙り込んだ。
 やがて、空気が俄かに電気を帯び始めた。

「――では押し通る」

 狼男が蜜柑を脇のベンチに横たえて離れた瞬間、

「無理だ」

 祇居は姿勢を低くして駆けだしていた。

(速い!)

 狼が腕を横に薙ぐと、そこには五本から成る光の矢が出現していた。
 初めから容赦なく放つ矢を、相手は都度瞬発で避ける。まるで蜘蛛の如き俊敏さ。

「む」

 肉弾戦になる――と狼が踏んだ時、既に祇居の身体は懐に飛び込んで来ていた。重心を少し落とし、独楽のように回る腰、その腰の射出台に乗せられた拳。

(砂化が間に合――)

 革袋が破裂するような音が響いた。

「……」

 薄眼を開いたとき、彼我の距離は数歩以上、開いていた。

(なんと…退かされたのは、こちらか。)

 咄嗟に鳩尾を防いだ両掌がしびれている。岩をぶつけられたような、衝撃。

「!」

 拳を引き、半身を開いて構え直した祇居の服の袖が、いつの間にか破れて露わになっている。黒く変質した両腕に、六角形の模様が、きらきらと輝いていた。

「ここは通さない」

 何かの生き物の尾の様に長い髪が揺れ、瞳の底が蒼く光る。

  *

 日向は、警備の隙を突いてやっと構内に忍び込むことができた。
 夕焼けで真っ赤に染まった無人のグラウンドは、まるで火星の大地の様に見え、無音に近い静寂が現実感を奪って行く。

「きゅらららら…マーズ探査機の気分だわ」

 丁度呟いたとき、二羽の黒い鳥が主人を発見した。

「あっ! お嬢様!」
「げ」
「なんだって? あ、ホントだこのバカ娘!」

 舞い降りてきた二羽の内一羽を、日向はジャンプして素早く摑まえた。

「だれがばかだって」

 日向は首根っこを捕まえたまま、小さなしゃれこうべを圧迫するようにぐりぐりと拳をあてた。

「いたいいたい。ウソです聡明な日向お嬢様」
「ま、いいわ」

 ぱっと手を放すと、吹っ切れた顔で二羽を見渡す。

「あんたたち、私はこれから図書館に行ってみかんちゃんを連れて来るから、この辺でだれか変な奴が来ないか見張ってなさい。テロリストっぽい奴。だれかが来たらぴーっ、て知らせるのよ。ぴーって」
「きゃーっ、でもよろしいでしょうか」
「任せる。これから本棟に向かうので、入口の脇の桜あたりで待ってなさい」

 日向は歩き出す。

「おいヤエ。おまえ穂乃華様からのお言いつけはどうするんだ」
「まあ周りに人気も無いですし、もう目的地に着いてしまったわけですから」
「流石ヤエ。後でチョコレート上げるね」
「コディバじゃなくてはいやですわよ」

 盛り上がる女性陣の脇で、ナナエは翼を組み首をかしげた。