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君を待つ町

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そう思うと今まで15年間ため続けてきた涙が一気にあふれだして、私は、ほほ笑んでいる彼女のその胸の中に飛び込んだ。
彼女は、しょうがないなあと言ったようにふう、と息をついてから私の肩を抱きしめてくれた。

「私ね、ここが、舞鶴が嫌いだったの。でも、瞳子がいたから、我慢できた」

「私も、両親が殺されて、友達さえもできないこの舞鶴が嫌いだった。だけど、入谷さんがいたから、ピアノ、頑張れたって思うよ?」

「そっか、一緒だったんだね」

「一緒だったんだよ」

「うおっほん、あのぉ、すまんけど、ちょっといいかね?」

2人で、私だけが彼女のふわふわのセーターに鼻水を伸ばしていた時、いつの間に開いていたのか、扉が開いた先に、男性が3人立っていた。
1人は紺色の警察服を着こんで、肩に白い雪を乗っけた中年の警察官。
もう2人の片方は、細くひょろっとした若い背広とコート姿の男性と、がっしりとした体格で、ネクタイのない背広姿のメガネをかけた定年手前かと思われるような男性だった。
明らかに、その2人は刑事だった。

「で、我々が来た理由はわかってるかね、入谷真智さん?」

「もちろんです」

「え?入谷さん何かしたの?」

驚く彼女の肩からゆっくりと両腕を解き放ち、私は、こちらへやってきた刑事2人に向けて両腕を突き出した。
年配の刑事がごそごそと手錠を出し、私の両腕へと下ろす。

「入谷真智、傷害の容疑で逮捕する」

「え?」

目の前にかざされた若い刑事の持った逮捕状をよく見ると、そこには『傷害致死』や『殺人』という文字はどこにも見当たらなかった。

「なんだね?」

「いえ、あの、北川さん、死んでないんですか?」

「北川?ああ、被害者か、あの後すぐ自分で119番してな、出血は激しかったが、頭を切っただけで、検査の結果脳に異常はなかったってな」

「そうなんですかぁ…」

私は一気に気が抜けて、へろへろと両腕に手錠がかかった状態で冷たい音楽室のタイルの上に座り込んでしまった。
それと同時に、爆発したように瞳子は笑いだす。
そのあまりにも対照的な様子に、2人の刑事は顔を見合わせていた。

「入谷さんに人殺しなんてできるわけないもんなあ、あははは」

「ちょっと、笑い事じゃ…」

「人生終わったって顔して泣きだすから何かと思えば」

「あんたそうは言うがな、それ以外にも北川と入谷の2人がやったことは犯罪だぞ?今から調べることはたーくさんあるから覚悟しとけ」

「はぁい」

私は2人に起き上がらされ、妙に落胆したというか、ほっとしたというか、そんな不思議な心地と共に歩き始めた。
後ろでまだ笑い止まっていない瞳子は、おーい、と扉を出る途中で呼び止めてきた。
私が振り返ると、彼女はひらひらと掌を振っている。

「いい弁護士紹介するよ、うちの組の人たちがよくお世話になってた人」

「はいはい、ありがとう」

そう言って私が歩き始めると、また、おーいまだまだ、と引き留める。
イライラしているのを通り越してあきれている刑事2人に会釈してもう一度振り向く。
彼女はにかっと歯を見せて笑っていた。
出来る女が、何をしているのだか。

「ちゃんと、待ってるから」

「本当に?」

「待ってる、ピアノ弾きながら、待ってる」

空中で、パラパラパラっとピアノを弾くようなしぐさを両手で見せて、彼女はウィンクをしてくる。
そのお返しと言わんばかりに、私はにぃっと笑って、思いつく限りのセリフを飛ばす。

「…脱税とかに手を染めてた人って、就職すぐ見つかるらしいから任せといて、すーぐ帰ってきてバリバリ稼ぐから」

「おいこら!」

刑事に本気で怒られたので、私は肩をすくめる。
そして、目と目だけで言葉を交わしあうように彼女と見つめ合い、懐かしい中学校の廊下を裸足のままひたひたと歩き始めた。






――――――そうか。



と私はパトカーの中で思った。



もうすでに東京へと向かうための列車を待つため、ホームに刑事と共に立っている時だった。
どうやら、私が使った置時計は、大した重さがなく、そのおかげで彼に対して大したダメージは与えなかったのだとか。
あまりにも素直に取り調べに従うものだから、舞鶴の警察の人間にも呆れかえられてしまった。
そして、彼も彼で、病院で手当てを受けてから警察に関わりたくない一心で逃げようとしたため、余計に怪しまれ、御用となったらしい。
あの生命保険の契約書を送って来た工場主も、話を受けて警察にご厄介にはなることになったそうだけど、命を失わずにはすんだらしい。

妙にすがすがしい気分だ。
今からどんな未来が待ち受けているのか、ネガティブな場所ばかりが私の行く手にはあるけれど、不思議とあの頃のようにドキドキしている。
もう、切符は手に入れたのだ。
裁判所経由刑務所後彼女行きの切符があるから、怖くない。



私がここに、最も帰りたくなかった場所に帰って来た理由をずっと考えていた。
きっと、この町は待っていてくれたのだろう。
大嫌いだった町と、きちんとお別れをしていない私のことを。
ここに帰ってきたおかげで、彼女にも会えた。
清春さんにも会えた。
彼女のおじいさんのことも分かった。
そして、父親の今の姿をきちんと見つめることが出来た。
帰ってきてよかったと思う。
だんだんと遠ざかっていく故郷の姿を後ろにしながら、私は大きく息を吐いていた。
東京につけば、雪は降っていないだろう。
食べ物もまずくて、あのごみごみとした空気に飲み込まれてしまうだろう。

さようなら、私を待っていてくれた町。

そう呟いて空を仰ぐと、まるで私へのたむけのように雪がふわり、ふわり、と降り始めた。
私はじんと溶けた雪のしずくを手に、列車へと乗り込んだ。
頑張れと聞こえたような気がした。
作品名:君を待つ町 作家名:奥谷紗耶