小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
熾(おき)
熾(おき)
novelistID. 55931
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

月のあなた 下(1/4)

INDEX|8ページ/12ページ|

次のページ前のページ
 

☾ 遠い月(齢不明) 2


  

「入れ」

 そう言われて入った執務室は、けばけばしい輝きにみちていた。
 中心に立つ将軍は、余りにも飾りの多すぎる軍服で肥満体を覆っている。

「俺たちがやってるのは云わば慈善事業だ――金を稼いで、金を使って、経済を回す。税金だって払う。その金で、学校や病院が立つ」

 サテンを纏った半裸の女の掲げた盆から、銀の器を取り上げて寄越してくる。
 まるで自分が取ってやることによって、その酒が金で出来たものにでもなる様にもったいぶった動作で。

「金があるところに人は集まる。結局はみんな海賊が大好きなんだ! そうだろう? ミスタ・スパロウ!」

 公の場では無言で他を睥睨し、圧倒していたが、二人きりで会ってみると多弁な男だった。

「ことほど左様に人間は欲深だ。人様の命と金じゃ、金の方が圧倒的に大事だ。…それが経済合理性ってことでな…。そんな人間がどんどん増えりゃ、どうなる? 地球はすぐにパンクだ! それは皆気づいてるんだが、はい私がお掃除します、とはいえねえ。そこで二つの製造業が必要になる。〈正義〉を作る奴と、〈武器〉を作る奴だ。世界がこの二つであふれるようになれば、地球はパンクしねえ。そして歴史は繰り返す。こりゃ、いわば聖職だな」

 金の指輪を三つ嵌めた毛深い手で、机の上にあるミサイルの模型を掴む。

「ヒュルルル…バン!」

 水晶の地球儀の上に先端を当て、

「CSR!」

 くつくつと喉を鳴らした。

「ちょっと大地は傷つくかもしれないが、そんなこと誰が気にするんだ? 全ての戦場が最後には静謐に変わる。地上を支配していいのは武器だけだ、武器を支配するのは俺様だ! 〈正義〉が要らない奴でも〈武器〉だけは必要だ。〈武器〉は人類と共に、永遠に、だ――同志よ。乾杯だ」

 大人しく杯を掲げてやる。
 将軍は一気に中身を煽ると、腹を揺すって笑った。

「右手に銃、左手に杯、膝元に女! 天国は何処だ? まぬけどもめ、ここだ!」

 隣の部屋で、準備が出来た。

「ではお前は死ななくてはならない」 
「何?」

 にやけた顔が停まって、さっと怒気が射した。

「天国は此処には無い。全ての者が審判を受け、正しい行いをしたものだけが天国に行くのだ」
「……お前は、馬鹿か」

 沈黙の後、喉を鳴らして笑う。
 机に腰を持たれ掛けさせて、左腕を拡げると、その中に女が収まり込む。

「優秀な兵士だと聞いていたが…、小学校も出られてねえみたいだな」

 将軍が右手の指を鳴らすと、女が愉しそうに微笑んだ。

「――……?」

 数秒後に、将軍は信じられない様に目を見開き、ガタガタと震えはじめた。

「どうした。寒いのか?」
「くそ!」

 将軍は女をこちらに突き飛ばすと、机の上に置いてあった銃を掴み取った。
 身をひるがえしざま、乱射する。

「ひ!」

 女はそのまま撃ち抜かれて、ずるりと床に倒れた。
 それに構わず将軍は引き金を引きつづけたが、射線から当たる場所を予測し、身体に穴を作りすべて貫通させた。

「…さっきまで、SPは確かに」
「隣部屋のことか? 安心しろ。取って食ったりはしていない」
「わ、わかった! 殺さないでくれ。取引しよう。会社の利益の二十五パーセントを、毎年やる。どうだ」

 一歩近づいた。

「わかった! じゃあ、株の四十九パーセントをやる! 世界の半分と同じだぞ!」

 一歩近づいた。

「わかった! 株を全部やる! 今日からお前が将軍だ!」

 もう目の前に居る。

「貴様は何一つわかっていない」
「ううう! 死ね!」

 馬鹿の一つ覚えの様に銃の引き金を引き続ける。
 外しようの無い距離で、一発も当たらない。

「誰にでも自分の受けた損害だけの仕返しが許されているのだ」
「なんだ、これは」
「耳には耳を。鼻には鼻を。目には目を、歯には歯を――お前の眼は二つでは足りず、お前の歯は三十二では足りないが」

 そう唱える彼の胸の中に、虹色の渦が巻き始める。

「悪夢だ!」

 将軍が更に二回引き金を引いたとき、だが着弾したのは自らの胸だった。

「あ…?」

 胸から血を流しながら膝を着く将軍の髪を掴むと、傷口に砂を塗り込んだ。

「ぎゃああ!」
「悪夢はこれからだ」 

 髪を掴んだまま部屋と繋がっているバルコニーの外まで歩かせた。
 バルコニーの下の中庭には、銃を背負った兵士たちが整然と並んでいる。

「…?」
「貴様は犬のえさだ」

 彼が言うと、兵士たちの顔が一斉に人から、砂漠狼のそれへと変貌して行く。
 兵士たちは牙の間から涎を垂らし、唸り声や、やがて吠え声と共にそれをまき散らした。

「な、…なんだこれは! なんだこれは!」

 地面を埋め尽くす、百を超える野獣の咆哮に、将軍と呼ばれていた男は泣き面で振り返った。
 そしてさらに仰け反った。

「ジャッカル…!」

 そのままバランスを崩して、らんらんと数百の目が光る闇へと落ちて行く。

「――ぎゃあああ! やだ、助けて! タスケ…」

 ばきり。ぐちゃり。ざくり。べしゃり。

 肥満体がザクロの様に千切られて中身を食い散らかされるさまを、最後まで見ることなく彼は踵を返した。

「取って喰われろ――吸血鬼め」

  *

 部屋に戻った瞬間、身体が前に傾き、床に倒れ込んだ。
 体を起こしながら後ろを振り返ると、左ひざから下が、割れていた。
 それでもなんとか、書斎机にすがって体を起こす。

「…戻りたいが…無理か」

 眠っているこどもたちに、伝えてやりたい。
 恨みは晴らしたぞと。

(死んだ土地にも、せめてもの報いを。)

「…パティマ…サッタ…」

 見下ろしたのは、自分が世界の覇者の一人だと勘違いをした男の机だった。
 乱雑に散らばった様々な書類――ふとその中に、見慣れない文字を発見した。

「いや…どこかで…いちど」

 --幼い少女が、ぼろぼろの机に、破れかけた教科書を声に出して読んでいる。
(コ…ニチワ。コンニチワ。)
(おーい、パティマ! 校庭で凧揚げしようぜ。)
(サッタ! 私ね、紛争が終わったら、この国に行ってみたいの。)
(へえ…パティマは女だから無理だよ。…だから、俺が連れてって――)
(なによそれ! 言っとくけど、あんたよりあたしの方が勉強できるんだから。)
(なんだって! おい、老い知らず、お前も男だろう、云ってやれ!)    
 東にあるその国は裕福で、平和で、自然の恵み豊かな土地であると風の云う。
 そう、依然として自然霊(ジン)が暮らし続けていられるような、原始の力に満ちた土地……。

「この国も、将軍の取引相手だったのか」

 まだだ。まだこの体を崩してしまう訳にはいかない。

 命には命を。

 せんせんと、清浄な水が流れる土地を。

(奪われた物を、取り戻すのだ。)

 鼻には鼻を。耳には耳を。受けた傷には同じだけの仕返しを。
 そうとも。
 目には目を。歯には歯を――!