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熾(おき)
熾(おき)
novelistID. 55931
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月のあなた 下(1/4)

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 後ろから出て来たのは三石だった。
 三石も蜜柑を見た瞬間に表情を曇らせるが、すぐに普通にもどり、後ろを振り返って頭を下げた。

「どうもぉ、お邪魔しましたぁ」
「いつでも邪魔なんかじゃないよ。三石さんだったら」 

 三石に続いて出てきたのは、長身の、髪を清潔にセットした眼鏡の上級生だった。
 引き戸の上の方に肘をついてややもたれかかりつつ、微笑みながら答える。
 蜜柑の記憶が正しければ、新聞部長だった。

「失礼します」

 最後まで控えめに礼儀正しく扉を閉じた三石は、再び蜜柑と、そして木ノ下の方を振り向く。

「…実、なにやってるの? 取材に行くんじゃなかったの」

 木ノ下は電流でも流されたように身体を震わせると、

「…はい! そうだね」

 小走りで廊下を去って行った。

「はい、だってぇ、変じゃなぁい?」

 自然な感じで、蜜柑に同意を求める。

「……」

 蜜柑は口がきけない。

(この人は、この人は何処まで知ってるんだろう。)

「あれ――同じクラスの大甘さん、だよね。えっと、ご機嫌いかが?」

 三石はコケティッシュに首を傾げた。

「こ、こんにちは」 
「どうしたの…かたまって――、あっ」  

 そこで何かに思い当ったように、口に両手を当てた。

「もしかして、実…木ノ下さんに何か云われたの?」
「あ、え」
「そうなのね」

 三石は真剣な表情をすると、少し躊躇い、言った。

「いま、時間大丈夫?」

  *

 場所は、なんとなく予想していたが、屋上だった。
 円の内周にも外周にも背の高い、上端が通路側に折れ曲がったフェンスがめぐらされ、内側のフェンスには蔦がびっしりと張り巡らされている。
 学園の内側は見えず、広がる街と大地だけへと視線が導かれる構造になっていた。
 だがその時の蜜柑には、その風景にため息を吐くような余裕すらない。
 隠さずに言うけど、と三石は前置きした。
 言わないで! と、蜜柑は叫びたかった。

「私も、聞いたの」

 天地が逆さになった。
 足が地面に触れている気がしなかった。
 空へと沈んでいっている様だった。
 だがそれは錯覚で、瞬きをすると、その美少女はやはり目の前に居た。

「な」

 何を、とは言えなかった。
 でも大丈夫だよ? と相手は心配そうに言った。

「私、実にはきつく云っといたから」

 ちがう。
 木ノ下さんはわたしに何も言ってない。
 蜜柑はそう云おうと思ったが、喉が焼けついたように言葉が出ない。

「そのことをこれ以上誰にも言ったらだめだって。だから知ってるのは、私と、私の親友の高蔵寺さんだけ。もちろん、高蔵寺さんも誰にも言わないわ」

 吐きそう。
 頭がぐるぐるふわふわする。
 蜜柑は、立っているのが精一杯だった。

(どうしてこの人たちなの?)

 どうしてわたしの一番かき消してしまいたいことを、一番最初に知ってしまうのがこの人たちなの。
 嫌だよ。
 わたしこの人たちに組み込まれるのいやだ。
 こんなところ来なければよかった。

 でももう間に合わない。

「あたりまえだけど、月待さんにもね」

 最後の一撃が来た。

 その瞬間に、蜜柑のあらゆる意気が阻喪していた。

 代わりに、あの、親しんだ透明の壁がゆっくり彼女の周りを覆い始めていた。

 その後は、三石が心配そうに掛けてくる「大丈夫だから」とか「仲良くしようね」などという言葉に、誰か別の人が自分の口をつかって返事をしていた。

「じゃあまたね、大甘さん」
 そう言って、三石は満足そうに去って行った。

 突然強い風が吹いて、校庭からだろうか、砂が屋上まで舞い上がって来た。
 三石はそれを吸い込んだのか、屋上のドアを閉める間際ひどく咳き込んでいた。
 蜜柑は扉が閉まった瞬間よろけて、フェンスにもたれかかり、やっと、止まりかけていた呼吸を再開する事が出来た。
 フェンスには体はおろか、肩を通すような隙間さえなかった。
 上部を見上げても、内側に折り返されていて、乗り越えるのは不可能である。

(かみさま。)

 蜜柑はうつろなまま呟いた。
 かみさま、

「死んじまえ」