小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
熾(おき)
熾(おき)
novelistID. 55931
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

月のあなた 下(1/4)

INDEX|1ページ/12ページ|

次のページ
 

悪夢のはじまり



「今日は初めての部活優先日だが、はしゃぎ過ぎて遅くならないように。隣の県とはいえ、和家港の事件もある。災害放送や災害メールなどの学校からの連絡があり次第、即帰宅だ。家が遠い生徒は、学校側に連絡・相談するように」

 終業のホームルーム。
 吉田は例によって、淡々と連絡事項を述べていく。

「あのぅ…」

 控えめに手を上げたのは、三石である。

「三石、なんだ」

「…テロとかって…起きませんよねぇ? 和家で事件が起こって、犯人も捕まってないのにこのごろ静かだから、もしかしてこっちの方まできてるんじゃないかって」

 クラスがざわついた。吉田はそれを遮る様に言った。

「テロは、いつどこでも起きる。その際の学園の対応は、政令通りだ。全て職員の退避には、生徒の救援活動を伴うことが条件となっている」

 吉田が答える調子は、いつもと何一つ変化がなかった。
 放課の鐘が鳴った。

「他に質問は無いな――? 小学校の復習になるが、レッド・アラートが鳴った場合はそうも云ってられん。国防の展開の邪魔になるからな。逆に言えば、その時には国防が動いている。彼らの指示に従う事だ」

 防災訓練の度に言われてきたこと。
 正に小学校の復習だった。
 地震が起きたら机の下に隠れなさい。テロが起きたら国防の指示に従いなさい。

(んなの起きねーよ。だり。)

(でも起きたらちょっと、おもしろいんじゃね? 俺活躍の予感!)

(言いすぎなんだよね。戦争でも震災でも。あー、田舎の学校ウザーい。)

(早く終わったし和家行きたいなー。あでもちょっと怖いから駅前カラ缶いこ。)

*

 部活優先日。
 この金曜には、授業の最後の一コマが削られて、部活の時間が延長される。
 通常三時となっている放課が、二時からになる。

 吉田が終了の挨拶をすると、生徒らはそれに返す挨拶もそこそこに、我先にそれぞれの所属先、或いは行き先へと向かっていく。

「あのー、所属届のリンクに記入してない人は、記入おねがいしまーす!」

 日向が精一杯声をだすも、すぐざわめきにかき消されてしまう。

「月待さん、先生が終わる前に言わないと」

 祇居がやんわりと指摘した。

「うるさいなあ。締め切りまでに埋まんなかったら、あんたのせいだからね」

 すっかり打ち解けている二人に、一部から興味津々といった視線が注がれているが、当人は全く気付いていない。

 外野であるにも関わらず、集まる視線に割って入らなければならない蜜柑は、苦笑いしながら友人に声を掛けた。

「じゃあひなちゃん、四時に自転車置き場で」
「あ、うん! 部活頑張ってね!」
「ありがと」

 読書と読書と水掛け論、玉に同人誌を出すという程度のサークルにがんばっても何もないんだけどな、とも思ったが云わなかった。

 鞄にタブレットを入れると入部時に「水掛け論用」として部長から渡された文庫本、そしてパンが入った袋が有るのを確かめ、蜜柑は教室を出た。
 そのまま何となく、女子トイレへと入って行く。

「ふう」

 独りっきりの空間で、明日から土日になることを思う。
 思えば、月曜日に初めてあの教室に入る前と今とでは、何もかも違うようだった。

(ドアは、開けて見なければ分からない。)

 などと考え、もしかしたら悪くない言い回しではないかと思ってポケットから携帯を取り出し、メモアプリを起動したときだった。

「へえ、で、結構インタビュー集まったの?」
「…うん…それなりに」

(高蔵寺さんと、…木ノ下さん?)

 クラスメイトの声が聞こえ、蜜柑は手を停めた。

「新聞部も大変だな。で? なんか特ダネとかあった感じ?」
「と…特ダネ…でもないけど…」
「へえ?」

 あの内気そうな木ノ下さんが新聞部か、意外――と思っていた所に、新しい誰かの足音。

「あれぇ? 二人ともーなにやってるの? こんなところで。ちょっと変だよ」

 三石だった。

「実がさー、新聞部で特ダネ手に入れたっていうから、気になっちゃってさー」
「えー? 例の、同じ中学校から入って来たグループにするインタビューだよね」

(……え?)
 一瞬で、蜜柑は全身の体温が下がるのを感じた。

「あ、うん…」
「それでそれで? 何があったんだよ。云ってよみのりんー」

 高蔵寺も仲間内ではあんなはしゃいだ声を出すのか。
 いや、それよりも。何だ。この、心臓が凍っていくような感じは。

「そ…その…! あの…!」
「うんうん」
「いいよ、早く云ってよ。だれか来ちゃうよ」

 当然蜜柑からは、この時、三石と高蔵寺が、殆ど囲むようにして腰を砕けさせている木ノ下を見下ろしている様子は見えない。

「大甘さんが中学の時いじめに遭ってたって…! 特定情報保護法にひっかかるような内容だったって…!」

 小さな悲鳴に近いかすれた声だったが、その時の蜜柑にはそんなことまで汲み取る余裕は無かった。
 蜜柑は、個室の中で完全に凍り付いていた。

「ちょっと実! それ以上言うのやめて!」

 叱咤の声を放ったのは、三石だった。

「だいたい情報保護指定されてるんだったら、その内容を知らない人に云うこと自体法律に引っかかるじゃない」
「ご…ごめん…」

 木ノ下は謝ったが、三石の声は鋭く続いた。

「新聞部だからって何でも聞いて良い訳じゃないし、学内新聞だからってなんでも書いていい訳じゃなくない? 偶然私が監査だったから良かったけどさ。そんなこと、ぜったい記事に上げちゃだめだよ?」

(監査――ああ、そうだった。)
 蜜柑は、ぼんやりとクラス分け初日を思い出す。
 生徒会選挙は年の終わりに行われるため、一年生から生徒会に正職員を出す事はできない。
 だが希望がある場合は、クラスから一人ずつ助手として生徒会に派遣できるのである。その枠に手を上げたのが三石だった。
 生徒会監査部は、新聞部はじめ文化・表現型の部活動の内容が不適切でないかを第三者的にチェックする役割を持つと聞いていた。

「そうだよな。みのりんもスクープを狙うんなら、運動系とか、もっと学校らしい、普通の良い感じの記事にしたら?」
「…ごめんなさい…」
「まさか、詳細まで聴いてないよね? いったい誰が――いいや、場所替えよ」

 三石がそう言うと、用を足すことも無く三人ともがトイレから出て行った。
 蜜柑は、震えたまま動けなかった。

 その後、何とかサークルまで行ったものの、殆どうわの空で上手く話すことも出来ずに先輩に心配された。
 体の調子が悪いと言って、三時過ぎには退室していた。

「失礼します」

 そう言って部室の扉を閉めた時、丁度隣の新聞部の扉が開いた。
 出て来たのは木ノ下だった。

「「あっ」」

 二人同時に声が出ていた。
 蜜柑は、冷や汗が体中から吹き出すのを感じていた。
 そのまま木ノ下も、何も言わないまま蜜柑を見て、凍り付いた。
 木ノ下は目を逸らすが、立ち去ろうとはしない。

(知ってるんだ――。何があったかも)

 その態度が、決定的に蜜柑を打ちのめした。

「みのりー? どうしたのぉ?」

 新聞部の内側から、さっきも聞いた声がする。