『人間風景』
素人丸出しの喋りに何となく恥ずかしくなる友人。しかし、次に発せられたタカシの台詞にはさらに顔を赤くさせられた。
『カナエーーーーッッ!! 好きだァァァァァーーーッッ!!』
おお、と会場がざわついた。誰だ、誰が告白されたんだ。会場が慌しくなった。
カナエ。それは友人の名前だった。名前を呼ばれた友人は、今度は堅くなって置物のようになっていた。
タカシは友人――カナエの姿を見てつけられないのか、辺りをきょろきょろ見回しながら、喋り続けた。
『こっからは完全にカナエオンリーにお送りします。みんなごめんねー。えっとそれで、カナエー! 見てみろよ! 俺、今ステージに上がってるぜ!』
イエーイ、とVサインを作るタカシを見て、思わず顔を覆ってしまうカナエ。しかし、指先の間からはしっかりとタカシへ視線を注いでた。
『今の自分がこうしてあるのは、カナエのお陰だ。あの時、落ち込んでる俺を励ましてくれなかったら今頃、ミジンコになってた』
なんだよそりゃ、と会場のどこからか笑い声が上がった。
『カナエ! お願いがあるんだァ!!』
思わず身を引きしめるカナエ。言われるだろう告白の言葉にどう返そうかと考えるが、上手くまとまらない。だがしかしタカシは待ってはくれなかった。
タカシは口を開けると、言った。
『その男っぽい口調直せよなーー!!』
「あ、ちょ……えっ? な、なに」
『それじゃあ、ライブ始めるぜぇぇーー!! みんな楽しんでいってくれよなーー!!』
うろたえるカナエをよそに、ステージの彼らは楽器を手にとり構えた。
「こ、告白はーーー!?」
カナエがそう叫んだのと同時に、演奏が始まった。
会場がわっと沸き立つ。カナエは口を噤んで、はあ、と溜め息を吐いた。
そして顔あげる。そこにいるタカシに視線を送った。
タカシは知ってか知らずか、こくりと一つを頷くと、天に掲げるように拳をあげた。
手には二本のスティックが握られいていた。
カナエは目を見張り、そして耳に意識を集中した。
告白は後で聞いてやろう。そのまえにまずは演奏だ。
カナエは振り下ろされるタカシの腕に合わせて、腕を振り上げた。
◇
「いや、まさかないよなー」
なぜならあの老人、さっきは全然リズム取れてなかったからな。明らかに握り慣れてない様子だった。それにしても、随分とベタな話を妄想してしまった。俺という人間は青春らしい青春を味わい損ねた人間だ。だからこそ漫画とかでありそうなベタの話ししか思いつかんのだ。
……あっ、そういえば、一つ青春らしいことしたことあったような……。そうだ! 海に行ったじゃないか! 友人に誘われて、女の子と一緒に海に行ったんだった! ははは、俺だって青春してるじゃないか! ははははは! …………。
……………………。
……………………まぁ、車酔いが酷くてずっとパラソルの下にいたわけだけども。
それにしても、あの老人はなんで二本も杖を持っているんだろうな、と現実逃避を兼ねて三度考えてみる。
と、妄想を膨らませようとしていたときだった。老人は立ち止まると、ズボンのポケットから携帯をとりだした。着信があったようだ。
「はい、もしもし……ええ、そうですよ。こんにちは」
耳を澄ませて聞いてみる。決して盗み聞きとかではない。街中の喧騒の中に鳥の声が聞こえないだろうかと耳を澄ませていると、老人の話し声が聞こえてくるだけだ。
「ええ、はいはい……ああ! 杖ね! 忘れてましたよ! 木陰の草むらに。……ええ、あー、今私がお届けにまいろうかと。いえ……いいんですよ。出かける用事もありましたからね。ええ……楽しかったですね。またしましょうね、花見。ええ、ええ。それでは」
ピッ、と鳴らして通話を切ると携帯をポケット仕舞って、老人は再び歩き始めた。
俺はその後ろ姿を眺めながら、なるほど、と納得した。つまり、ニ杖流の真相、それは――花見があり、参加した人の中で杖を忘れたやつがいたんだろうが、老人がたまたまそれを見つけて、忘れていったやつに返しに行こうとしている。そんなところだろう。
老人は近くのバス亭に近寄り、ちょうどよいタイミングでやってきたバスに乗ってどこかへ行ってしまった。何となく、俺はそのバスをその場で見送った。
「ふう」
ま、真実なんてこんなもんだろう。知らないうちは無数に広がる可能性に胸を躍らすことが出来るが真実を知ってしまうと、かくも白けてしまうのは残念で仕方がない。仕方がないが、世の常だ。
「さて、それにしても」と辺りを見回す。見知らぬ建物、見知らぬ道、見知らぬ街並み。
……………………。
……………………ここはどこだろうか。
道路の真ん中で天パのおっさんが、天を仰いでいるのは、別に宇宙と交信しているわけでもなく、UFOを見つけたわけでもなく――真実は、『ただ道に迷っているだけ』という当たり障りない物だ。
先ほどから縁石に腰を座り込んでいる若者がチラチラとこちらを怪訝そうに窺っているが、がっかりさせないように真実は隠しておく。
「パ〜〜ヤヤ〜〜」
さて、この奇声を聞いてあの若者はどんな想像を膨らますのだろうか。
俺はそれを想像しながら、再び歩き出した。