月のあなた 上(5/5)
「東の連中は、大統領と手を組んだって聞いたわ。もうオアシスも街も放棄して、首都に黄金の家を用意されたって」
サッタは鼻で笑った。
「黄金の家だって! ここに泉があり、ここになつめやしがあり、ここに永遠の乙女が居るのに!」
茶杯を仰ぎながらも、妻の手を握ってやる。
俺が守ってやる。
俺が連れてってやる。お前の行きたいところまで。
「貴方が心配」
パティマは両手で握り返して来た。
「大丈夫だ。天の下すべてはあの慈悲深いお方のものだ。それに、この街には改悛した守り神だっているからな。なあ、老い知らず」
脇で寝そべっている犬に、蜂蜜に浸したパンの欠片を差し出してやる。
犬は跳び起きると、尻尾を振って吠えた。
「まあ、老い知らずったら」
若い夫婦は笑った。
瞬間、白い光が辺りを覆った。
夫婦は、何なのかを考えるよりも先にお互いに手を伸ばしていた。
作品名:月のあなた 上(5/5) 作家名:熾(おき)