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熾(おき)
熾(おき)
novelistID. 55931
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月のあなた 上(4/5)

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「うん…べつにご飯たべてからでもいいとおもうけど。なんか、人を待たせながら食べるのっていやなんだよね」
「ああ…シュウせんせとの用事を先延ばしにすること自体、ストレスあるな」

「用事の長さも分からないしね…じゃあ、済ませたら中庭に来てよ。ゆっくりたべてるから」

「いや、それにね」

 日向が言いよどむ。手は落ち着きなく弁当袋を弄っていた。

「ああ、祇居君と行かなきゃいけないんだ」

 日向は無言で頷いた。
 当の祇居を伺うと、

「…なんで同じ姿勢なんだ。ウケる」

 晶が指摘した通り、弁当を机に置いて手を添えたまま、何かを決めかねた表情で前を向いていた。
 すると、そこに三石グループが近づいてくる。

「祇居君、ごはん一緒に食べなぁい? みんなでね、祇居君と、お話ししたいなあって言ってたの…。あ、祇居君って呼んで、い?」 

 相変わらず甘ったるい、僅かに舌足らずな、鼻にかかった声で話す。
 すると祇居は、立ち上がった。

「ごめん。ちょっと用事があるんだ」

 弁当を机に置いたまま、女子の間をかき分けて、進んでくる。

「え、祇居君!」

 それは、殆ど三石が視界に入っていないかのような行動だった。

「月待さん。今、いける?」
「うー…」

 日向は小さく唸ると、観念して立ち上がった。

「月待さん」

 祇居が目に見えてほっとした顔をする。

「あ、じゃ、ひなちゃんまた後でね」
「がんばれよー」

 ここで日向が、爆弾発言をした。
「あ、あんたも弁当持って来なさいよ!」

 瞬間、教室が静まり返った。

「――?」

 言った本人は、眉根を寄せて辺りを見渡している。
 言われた本人は、何も気にすることなく指示通りに動いていた。

「持って来たよ」
「じ、じゃ、いこ」

 そして二人のクラス委員は、教室を出て行った。

「…えぇ…?」

 三石が、素に戻った声で呟いた。

  *

「――で、だ。なんで水凪の旦那はこないんだ」

 ひなたさんよ、と晶がいちごミルクから抜いたストローを振りながら詰問した。

「あっちゃん、お行儀悪いよ」
「べつに。あいつは男子と喰えばいいんだから、普通じゃん?」

 日向は開いた弁当に対して、両手を合わせた。

「じゃ、なんで弁当持たせたんだ」
「シュウ先生にプレッシャーをかけるためだよ。早く終わらせてって」

 あたりまえじゃん、という顔をする。
 晶は大きくため息を吐いて、空を仰いだ。

「こりゃあ、だめだ」
「なにが」
「ひなちゃんの乙女偏差値がだ」

「何かわかんないけど、あんたに乙女とかだけは云われたくないわ」

「シュウ先生の用事って、なんだったの?」

 意地の悪い笑顔で見下ろす晶と、睨み返す日向の間に、蜜柑が入った。

「べつに…部活動所属申請とか、生活指導資料の提出管理をしてくれ、って言われただけ」
「月待、水凪。お前たち…、もう少し仲良くしろ。特に月待。お前自分がどれだけラッキーガールか、わかっているか」

「にてないよ、あっちゃん」 
「あのねえノム」
「うひひ」

「……」

 日向は何も言わず、弁当をつつきながら考えた。
 
 ラッキー。
 確かにラッキーなのだろう。
 あいつはわたしが普通の人間じゃないと知っている。

(…なのに、騒ぎにしない。誰にも言ってない。)

 あいつは職員室に一緒に向かう時も、帰る時も、何も云わなかった。
「じゃあ」と別れる時も、やけに古めかしい風呂敷で包んだ弁当を抱えて、微笑んでいるだけだった。気味が悪い。いや、ちがう――

(怖い。)

「ひなちゃん、どうかしたの? 何かあった?」

 蜜柑が心配そうに覗き込んで来ていた。

「ん…」

 それは、本当に心配そうな顔だった。どこかに落とした大事なものを、さがしているような。

「やっぱり、祇居君と…?」
「うん…」

 だめだ、この子の前では、全部言ってしまいたくなる。

「なんだってひ――むぐ」
「あっちゃん、し」

 笑顔で幼馴染の口を塞いだ法子は、目で二人を促した。

「いや、あったっていうか」
「うん」
「――一言もあいつ、口きかなかったんだ。職員室に行くエレベーターでも、ドアを開いてくれたり、先に降ろしてくれたりするんだけど…」
「…なんだか、変だね」

 四人は一瞬沈黙したが、直ぐに晶が口を開く。

「そりゃ、昨日ひなたが言いすぎたんじゃね―の」
「べつに。あいつが、失礼なこと言うからだよ」
「その、失礼なことって…?」
「言いたくない」

 日向は俯いて、膝の上で箸を握りしめた。
 その拳を見つめながら、蜜柑が言った。

「そっかぁ…嫌なこといわれたんだね…。水凪君、そんな人に見えないけど…」

 見えないからって、しないわけじゃない。
 人を欺くために見た目を使う人間が本当に居るのを、自分は知っている。

「……」

 日向が、ゆっくりと顔を上げて蜜柑を見た。
 その瞳の中に幼い怯えを見た時、蜜柑は口走っていた。

「ひなちゃん、わたし、水凪君と話してみるよ。なにか誤解があるなら解いてあげたいし、本当は酷いひとなら、わたしもあの人とは口きかない」
「みかんちゃん…いいよ、そこまで」

 日向は首を振った。

「あ、それわたしも参加したい」

 法子が膝を詰めた。
 晶も頷く。

「いいね、ならあたしも」
「やめて!」

 日向の声は、高く響いた。
 中庭周辺に居る他の生徒たちが数人、振り返った。
 日向は我に返ると、慌てて三人を見る。

「――あ、あの…ごめん…」

 三人は驚いた顔をこそしたが、すぐに自分から謝った。

「ううん、わたしの方こそ、勝手に、ごめん…」
「ひなちゃん、わたしも、ごめんね」
「あたしも。訳も知らずに、騒ぎ過ぎた」

 その後、更に日向の箸は進まなくなり、半分も食べない内に、

  ――ぴっちゃん、ころころころ…

 水琴窟の予鈴が鳴った。


(※ 月のあなた 上(5/5)へ続く)