月のあなた 上(2/5)
「セイアツシマス」
更に同様の鋼の弾を、二つ射出する。
当然のことながら、木偶自身の身体に掴まっている自分には当たりようがない。
黒い筒が回転し、小さな鋼の矢じりを無数に撃ち出す。
それは恐ろしい速度で、地面を砕き、積み上げられていた鉄の箱に穴を穿っていった。
(ガン。)
しかも故郷のものより遥かに強力だ。
「…中のお前はこの国の精霊か。なぜ身を覆っている」
しがみ付いたまま訊くが、答えは無い。
やがて銃弾の振動で巻き上がって来た白い煙が、鼻先の部分まで巻き上がって来た。
「!」
突然、鼻の奥に焼けた鉄を差しこまれたような刺激が襲った。
「ウオオオオ!」
涙が止まらない。
咄嗟に相手を蹴り飛ばして跳躍し、鋼の箱の重なりの上に着地した。
だがそこへ、先ほどの鋼の霰が降り注ぐ――。
必死に箱の上を飛び回って避けた。
鉄弾を瞬く間に無数に撃ち出す筒は、確かに恐ろしい発明だ。
だが一方で、自分は真理を知っている。
あれが神属でないならば、無から有を創り出す事は出来ない。
(矢は撃てば尽きる。)
そして理ことわりの通り、矢は尽きたのだった。木偶の両腕は、虚しく回転していた。鉄の木偶は、静かに背を向けてその場を離れようとする。
「させん」
手を自らが出てきた鉄の箱に向け、ほかの砂を呼び寄せる。
砂は、左手で弓の、右手で矢の形を取って収まった。
矢を弓につがえ、呪しゅを唱える。
そは強き弓
鋭き矢
かつて太陽の王の狩りを導き
今ぞ聖戦士のともがらとなる
我は光の矢
犬にして不浄ならぬもの
狼にして敬虔なる信徒なり
「死ね――」
ひきしぼり、放つ。
圧縮し金剛石の如くした矢は輝く軌跡を描き、難なく木偶の回転羽根と兜の接続部を食いちぎった。
羽根はどこかへはじけ飛び、木偶は真っ逆様に地面に落ちる。
落ちて数秒後に、大きな火花を散らせて爆発した。
「なぜそうも朽ち、尽きるもので文明を作ろうとするのか」
そこへ、巨人の赤子が泣くような音が辺り一帯に響き渡った。
鋼鉄の羽音が遠くからいくつも、そして様々な方向から集まってくるのが聴こえる。
「フン」
積み重なった箱の上から遠く闇に沈む街を見渡せば、天を突くような塔が何本も黒い影となって立ち並び、無数の宝石のような明かりがその中から零れている。
その下にも、やはり無数の光を灯す四角い城壁が横たわる。
その一つ一つの光の下に、機械に支配された、不浄の生活がある。
「この港の一帯は、だめだな…」
砂が生き物のように彼へと帰ってくる。再びそれは矢となって手に納まった。
「もう少し奥に行こう…穢れ無き、清水の湧き出でる土地へ…其処のものならば、きっと村を癒せる。――場所は道々、獣どもに聞けばいいだろう」
言いながら、頭のどこかで声が聞こえる。
だが、その土地はどうなる?
要かなめを失った土地は、地脈のバランスを崩して大きな災に見舞われる。
そんなことは、お前が一番よく知っているのではないか。
「……」
近づいてきた羽音がいくつも重なって、彼の前には三機のドローンが滞空していた。
「この国の民がどうなろうが、知ったことか」
彼は弓を引き絞る。
作品名:月のあなた 上(2/5) 作家名:熾(おき)