月のあなた 上(1/5)
消え行く妹
二人が出会う少し前、祇居がバスで代表挨拶の原稿を見直していた時。
窓側の席に座っていた凛は、ひたすら窓に張り付いていた。
そして兄よりも先に、あの奇想天外な校舎に驚いた。
凛は完全に言葉を失い、音も忘れていた。
「降りるよ」
祇居が声を掛けたのはその時だった。
凛は桜のプロムナードの先にある白い塔に見とれたままだった。
バスが動き出してやっと、後ろに誰もいない事に気付く。
「しーちゃん…?」
流れていく風景の隅に、門の前で立ち尽くす祇居が居た。
凛は咄嗟にバスの後部座席へと走って行った。
そして必死に叫ぶ。
祇居は気づいた様だったが、追って来るその姿は遠ざかり、何秒もしない内に坂の向こうに消えた。
そしてしばらくして、それは来た。
とくん――
一際大きく胸の奥から震動が響いて来たかとおもうと、細く高い音が頭の内側に響いて、やがて大きくなって何も聞こえなくなる。
視界に映るあらゆるものが、電波の妨害されたテレビの様にブレ始める。
腕が透けて、向こうが見える。
体中から力が抜ける。
「しいちゃん」
凛はバスの床に蹲り、誰にも気づかれないまま消えようとしていた。
作品名:月のあなた 上(1/5) 作家名:熾(おき)