レイドリフト・ドラゴンメイド 第3話 ああっ神獣さまっ
「いつ見ても、ジョージアあたりののどかな農村と言った風情ね」
キャロは、前にフセン市を出発した時も、この風景をしみじみ見ていた。
「キャロラインさん、詳しいですね」
シエロ達、チェ連人にとっては、地球の会話は知らない言葉の洪水だ。
「地理や歴史が好きなんだ」
シエロは思い切って質問することにした。
「ジョージアとは、何ですか? 」
それにキャロが答える。
「わたしたちの地球にある、国の名前よ。正確には、東部のカヘティ地方ね。西アジア北端の南コーカサスにある共和制の国で、黒海に面し、ロシアと国境を接している……この説明じゃわからないね」
シエロと、もう一人の兵士はうなづいた。
キャロライン先生はひとしきり考えて、説明を再開した。
「この地方でのワインの作り方は、今から9000から7000年前までさかのぼるそうね。
まず摘み取ったぶどうを足で踏み潰し果汁を出す。そして、その果汁を土製の壷にいれ、土の中に密封して埋める。湿度を安定させて自然発酵、熟成させる。
これは、ジョージアに伝わるワインの製法と同じものなの。
作り方が生まれた時期も同じよ」
そして、歴史も似ている…と言いかけてやめた。
ジョージアは、アジアとヨーロッパの交通の要所として、幾多の国から侵略を受けてきた。
アレクサンドロス大王。ローマ帝国。ササン朝ペルシャ。モンゴル帝国。ティムール帝国。オスマン帝国。最近ではロシア。
そんな侵略を受けるたびに、ワイン農家はブドウの苗木を懐に抱き、山へ逃げたという。
フセン市もまた、マトリックス海沿岸から、そして山脈の外からの進行を何度となく受けた地域なのだ。
そして、最後に来たのがチェ連。
その強引な統合政策は、今なお住民に怒りとなって残っている。
一方チェ連軍にとっては、無駄に宇宙との戦いを長引かせた裏切り行為だ。
そんな感情を刺激するのは避けたかった。
「こういうのを、収斂進化というのかな…」
そう言ってごまかした。
不意に、コンボイが止まった。
「では、私はここで失礼します」
シエロが、皆にそう言った。
「元気でね。一か月間ありがとう」
達美がそう言うと、他の者達も次々に礼を述べた。
「勉強頑張ってくださいね」
そう言ったのはユニだ。
「あんたも大変ね。この後、要塞の片づけかしら? 」
キャロの言う要塞とは、ここの地下に造られた、大要塞のことだ。
「次に会う時までには、要塞がマニア向けホテルになっているよ。
そう祈っている」
巌は、希望を込めてそう言った。
その間にも、車両後部のドアは空いていく。
「ありがとな! 」
「がんばれ! 」
そんな明るい言葉を背に、シエロは転がるように外へ出た。
そしてドアを閉じ、再び走り出すコンボイを見送った。
ようやく、一時の安堵を得た。
だが、彼の仕事はこれからだった。
(これからだ。2か月もの間、我が国にされた屈辱の仕返しをしてやるぞ! )
コンボイが雪山を下るごとに、山肌がなだらかになってゆく。
窓から見えるブドウ畑はさらに広く大きく、野菜畑や家も増えてきた。
白や赤のタイル屋根に、ベージュのレンガや石で壁を作った明るい色合いの家だ。
「でも、人の気配がありませんね」
達美がつぶやくと、護衛の兵士が答えた。
「みんな、あなた方のパレードを見るために、ふもとの街へ行っているのですよ」
集落から市街地に向かうにつれて、フセン市を引き裂く戦火の跡が見えてくる。
先に見たのと同じような家が、ここでは焼けた煤をかぶって崩れ落ち、雑草や土に覆われようとしている。
道路も同じく、えぐり取られた跡がある。
えぐられた部分には土が入れられ、その上に砂利が敷いてあった。
これは大急ぎでなされた応急処理に過ぎない。
されるべき舗装もされず使われれば、車が通るたびに轍がひどくなるだろう。
ここにも宇宙からの空爆があったのだ。
一般に、隕石が落下するとその跡、クレーターは隕石そのものの10倍の直径になる。
家が増えるたびに、辺りに大小のクレーターが増えていく。
宇宙空間を占有する敵にとっては、ガラクタであっても強力な武器になる。
窓の外のクレーターには雨水がたまっている。
そこから人の掘った溝が伸び、畑へと続いていた。
クレーターを、ため池に利用しているのだ。
生徒たちにその光景は、どんなになっても生き抜いてやるという、人の強い意志を感じさせた。
畑地域を過ぎると、平地に作られた住宅地に入った。
他に通行する車は無いのだろうか。
一度も信号でも止まらない。
目的地手前までやって来た。
そこで、再び停車した。
窓の外には、コンボイ前方から遥かかなたまで、まっすぐに伸びた土壁が見える。
高さは10メートルほど。
ずいぶん古くかあるらしく、幹の太い立派な木が何本も生え、その根で土壁をしっかりと支えている。
その向こうが、彼らの目的地だ。
だが、車は動こうとしない。
車内放送も、ドアが開く気配も迎が来ることもない。
「どうなってるの? この向こうへ行くんじゃないの?! 」
痺れを切らしたユニが訪ねるが。
「待ってください。我々にも何も聞かされていないんです。
それでは、上に問い合わせてみます……」
そう言って、無線機に向き合った。
しかし、それで満足がいく答えが得られるわけではなかった。
さらに、無駄な数分間が続き……。
突然、車内に新しい少女の声が響いた。
「ごきげんよう。みなさん」
皆の視線が、車の天井に集まる。
見れば、人の頭ほどの大きさの虹色に輝くリングが漂っていた。
リングの中からは、中学生ぐらいの女の子の顔が飛び出していた。
「あなたは、レイドリフト2号?! 」
巌が思わずそう呼んだ。
彼にとってはニュースや新聞で、1号と一緒に写ることの多いことで、おなじみの顔だ。
だが呼ばれた方は、むっとして自己主張した。
「今は狛菱 武産と呼んでくれない? そっちの方が格式があるし、私が主催者なのよ」
あぬびし むう。そう自分の名を誇る。
武産の肌と髪は、雪のように白い。
サラサラと流れ落ちる髪は、粉雪のようだ。
長い髪は頭の左右でまとめてたらす、ツインテール。
瞳は血よりも赤く、強い意志をたたえて輝いていた。
「よいしょ」
武産の顔の横に、彼女の手が現れ、リングを内側から広げた。
リングは人一人が通れる大きさのゲートとなった。
武産の姿は、黒のすらりとしたロングドレスだった。
肩ひもを左肩だけにかけるワンショルダー。
足元までまっすぐに伸びるスカートが、スレンダーな彼女を引き立て、大人っぽく見せていた。
素材は丈夫なレザー。おしゃれ用ドレスにしては厚みがあり、表面には複雑な文字列が掘られている。
生徒たちは息をのんだ。
武産の美しさもそうだが、彼女のドレスは魔術的な強化を施された革鎧を兼ねていた。
武産は、地球よりも前に異能力を発見した、異世界の住人。
いわゆる魔界。その世界をルルディと名乗る。
キャロは、前にフセン市を出発した時も、この風景をしみじみ見ていた。
「キャロラインさん、詳しいですね」
シエロ達、チェ連人にとっては、地球の会話は知らない言葉の洪水だ。
「地理や歴史が好きなんだ」
シエロは思い切って質問することにした。
「ジョージアとは、何ですか? 」
それにキャロが答える。
「わたしたちの地球にある、国の名前よ。正確には、東部のカヘティ地方ね。西アジア北端の南コーカサスにある共和制の国で、黒海に面し、ロシアと国境を接している……この説明じゃわからないね」
シエロと、もう一人の兵士はうなづいた。
キャロライン先生はひとしきり考えて、説明を再開した。
「この地方でのワインの作り方は、今から9000から7000年前までさかのぼるそうね。
まず摘み取ったぶどうを足で踏み潰し果汁を出す。そして、その果汁を土製の壷にいれ、土の中に密封して埋める。湿度を安定させて自然発酵、熟成させる。
これは、ジョージアに伝わるワインの製法と同じものなの。
作り方が生まれた時期も同じよ」
そして、歴史も似ている…と言いかけてやめた。
ジョージアは、アジアとヨーロッパの交通の要所として、幾多の国から侵略を受けてきた。
アレクサンドロス大王。ローマ帝国。ササン朝ペルシャ。モンゴル帝国。ティムール帝国。オスマン帝国。最近ではロシア。
そんな侵略を受けるたびに、ワイン農家はブドウの苗木を懐に抱き、山へ逃げたという。
フセン市もまた、マトリックス海沿岸から、そして山脈の外からの進行を何度となく受けた地域なのだ。
そして、最後に来たのがチェ連。
その強引な統合政策は、今なお住民に怒りとなって残っている。
一方チェ連軍にとっては、無駄に宇宙との戦いを長引かせた裏切り行為だ。
そんな感情を刺激するのは避けたかった。
「こういうのを、収斂進化というのかな…」
そう言ってごまかした。
不意に、コンボイが止まった。
「では、私はここで失礼します」
シエロが、皆にそう言った。
「元気でね。一か月間ありがとう」
達美がそう言うと、他の者達も次々に礼を述べた。
「勉強頑張ってくださいね」
そう言ったのはユニだ。
「あんたも大変ね。この後、要塞の片づけかしら? 」
キャロの言う要塞とは、ここの地下に造られた、大要塞のことだ。
「次に会う時までには、要塞がマニア向けホテルになっているよ。
そう祈っている」
巌は、希望を込めてそう言った。
その間にも、車両後部のドアは空いていく。
「ありがとな! 」
「がんばれ! 」
そんな明るい言葉を背に、シエロは転がるように外へ出た。
そしてドアを閉じ、再び走り出すコンボイを見送った。
ようやく、一時の安堵を得た。
だが、彼の仕事はこれからだった。
(これからだ。2か月もの間、我が国にされた屈辱の仕返しをしてやるぞ! )
コンボイが雪山を下るごとに、山肌がなだらかになってゆく。
窓から見えるブドウ畑はさらに広く大きく、野菜畑や家も増えてきた。
白や赤のタイル屋根に、ベージュのレンガや石で壁を作った明るい色合いの家だ。
「でも、人の気配がありませんね」
達美がつぶやくと、護衛の兵士が答えた。
「みんな、あなた方のパレードを見るために、ふもとの街へ行っているのですよ」
集落から市街地に向かうにつれて、フセン市を引き裂く戦火の跡が見えてくる。
先に見たのと同じような家が、ここでは焼けた煤をかぶって崩れ落ち、雑草や土に覆われようとしている。
道路も同じく、えぐり取られた跡がある。
えぐられた部分には土が入れられ、その上に砂利が敷いてあった。
これは大急ぎでなされた応急処理に過ぎない。
されるべき舗装もされず使われれば、車が通るたびに轍がひどくなるだろう。
ここにも宇宙からの空爆があったのだ。
一般に、隕石が落下するとその跡、クレーターは隕石そのものの10倍の直径になる。
家が増えるたびに、辺りに大小のクレーターが増えていく。
宇宙空間を占有する敵にとっては、ガラクタであっても強力な武器になる。
窓の外のクレーターには雨水がたまっている。
そこから人の掘った溝が伸び、畑へと続いていた。
クレーターを、ため池に利用しているのだ。
生徒たちにその光景は、どんなになっても生き抜いてやるという、人の強い意志を感じさせた。
畑地域を過ぎると、平地に作られた住宅地に入った。
他に通行する車は無いのだろうか。
一度も信号でも止まらない。
目的地手前までやって来た。
そこで、再び停車した。
窓の外には、コンボイ前方から遥かかなたまで、まっすぐに伸びた土壁が見える。
高さは10メートルほど。
ずいぶん古くかあるらしく、幹の太い立派な木が何本も生え、その根で土壁をしっかりと支えている。
その向こうが、彼らの目的地だ。
だが、車は動こうとしない。
車内放送も、ドアが開く気配も迎が来ることもない。
「どうなってるの? この向こうへ行くんじゃないの?! 」
痺れを切らしたユニが訪ねるが。
「待ってください。我々にも何も聞かされていないんです。
それでは、上に問い合わせてみます……」
そう言って、無線機に向き合った。
しかし、それで満足がいく答えが得られるわけではなかった。
さらに、無駄な数分間が続き……。
突然、車内に新しい少女の声が響いた。
「ごきげんよう。みなさん」
皆の視線が、車の天井に集まる。
見れば、人の頭ほどの大きさの虹色に輝くリングが漂っていた。
リングの中からは、中学生ぐらいの女の子の顔が飛び出していた。
「あなたは、レイドリフト2号?! 」
巌が思わずそう呼んだ。
彼にとってはニュースや新聞で、1号と一緒に写ることの多いことで、おなじみの顔だ。
だが呼ばれた方は、むっとして自己主張した。
「今は狛菱 武産と呼んでくれない? そっちの方が格式があるし、私が主催者なのよ」
あぬびし むう。そう自分の名を誇る。
武産の肌と髪は、雪のように白い。
サラサラと流れ落ちる髪は、粉雪のようだ。
長い髪は頭の左右でまとめてたらす、ツインテール。
瞳は血よりも赤く、強い意志をたたえて輝いていた。
「よいしょ」
武産の顔の横に、彼女の手が現れ、リングを内側から広げた。
リングは人一人が通れる大きさのゲートとなった。
武産の姿は、黒のすらりとしたロングドレスだった。
肩ひもを左肩だけにかけるワンショルダー。
足元までまっすぐに伸びるスカートが、スレンダーな彼女を引き立て、大人っぽく見せていた。
素材は丈夫なレザー。おしゃれ用ドレスにしては厚みがあり、表面には複雑な文字列が掘られている。
生徒たちは息をのんだ。
武産の美しさもそうだが、彼女のドレスは魔術的な強化を施された革鎧を兼ねていた。
武産は、地球よりも前に異能力を発見した、異世界の住人。
いわゆる魔界。その世界をルルディと名乗る。
作品名:レイドリフト・ドラゴンメイド 第3話 ああっ神獣さまっ 作家名:リューガ