おつかれさまです、ユリリカ探偵社
「さっき、白月社長に電話したら、告訴後も大変だけど、それは母として最大限サポートするって言ってたよ。それが家族じゃないかってこともね。凄い心配してたな、って表情や声には出さないクールな人なんだけど、娘への真剣な気持ちは充分伝わってきた」
凛々花はまだ母への拘りがあるのか、ついさっき百合に「お母さんと電話で話す?」と訊かれたときも黙ったままだったのだ。
兵頭への返答に困っている様子の凛々花に、兵頭は再び声をかける。
「お父さんと離婚して離れてたって、かけがえのない家族じゃないか。あのさ、部活をやめると言ったり会社をやめると言ったりすると態度を変える人が居るけど、そんなの人が何処に属していようが関係ないと思わないか? 人それぞれの事情で一緒に居られなくなったりする。それは本当に人それぞれの事情があるんだよ。どの団体や組織に属していてもいなくても、個人は個人で変わらない。自分と相手との関係性にだけ注目して重要視すべきなんじゃないかな?」
それを聞いて百合も凛々花に言葉をかける。
「そうね、それは家族でも一緒かもね。凛ちゃんはそれを家族について当てはめて、極端に拘ってしまったのかも。谷田部さんの件で、あの優子さんも言ってたじゃない。早くから弟の趣味や考えを受け入れていたら、もっと早く幸せになっていただろうって。自分の理想が生む不幸があるってことかもね」
「うーん……」
小さく呟いた凛々花に、百合が声音をより優しくして続ける。
「あのね、家族の形って、いろいろあってもいいんじゃないのかな〜って思うの。様々な理由で色んな形になる。そのなかで幸せを感じていけばいいのかなって。それを受け入れる心の余裕を持てば、凛ちゃんもお母さんのことでこだわる必要はないと思うようになるかもよ。何よりも、お母さんはこうやって凛ちゃんのことを想ってくれているんだしさ」
兵頭も一言付け加えずにはいられない様子で口を開く。
「ただ凛ちゃんは無垢な気持ちで理想を追求していただけなんだろうな。まあ、それは悪いことなどじゃないよ。気にするなって。ただ、ここでお母さんを受け入れる気持ちを持てば、ひとつ成長するってことさ」
俯いている凛々花も少しずつ納得し始めた表情になっている。と、とつぜん百合が大きな声を出した。
「あっ! そうだっ! 大切なこと忘れてた。昨日お母さんのところに相談にいったとき、お母さんが申し出たわよ。学費と、あと少額だけど生活費を援助したいって」
「!?」
凛々花が途端に顔を上げて百合を見上げる。そんな凛々花に百合が微笑んでやさしく答えた。
「よかったわね。これで高等部の制服着られるわよ。三年間ずっと安心してね」
「やぁったああああああああ!!」
満面の笑みの凛々花だった。夜の街を歩く通行人が皆振り返るほどの。
凛々花はそんなことは気にせず飛び跳ね、街に喜びの声を響かせ続ける。
そんな凛々花の表情には、兵頭を含め、守ってくれる姉、父、そして母という家族が居ることのありがたさを、噛み締めているかのようだった。
最終章 ブローチ
一ヵ月後の三月中旬。
凛々花の卒業式だ。
式終了後、凛々花が校門に行くと、蕾が充分膨らんでいる桜並木が続くなかに百合と兵頭が待っている。
「白月社長は仕事が忙しくやっぱり来れないようです。で、これ預かってきました。どうぞ」
雲ひとつない快晴の下、白い歯を見せながらそう言って兵頭が差し出してきたプレゼントを凛々花は不思議そうに見つめる。
「見てないで早くあけてみなさいよ」
百合がたまらず声をかけた。
がさがさと凛々花があけてみると、なかから出てきたのはアヤメのブローチ。
箱の中でキラキラと眩しく輝いている。
「中等部に合格したときは何も贈ってくれなかったのに……忘れてなかったんだママ……」
ブローチを見つめる凛々花の眼に、次第にブローチが揺れて光りだす。
「なんだこれ眩しいな……」
ぐしぐしと手で眼をこすりながら凛々花は呟いた。
百合は凛々花にそっとハンカチを差し出す。
百合は差し出しながら思った。昔、凛々花が泣いたときにハンカチを差し出したときと異なり、同じ差し出すにも今回は凛々花の気持ちがよりしっかりと感じ取れている気がすると。それはこの二ヶ月足らずの間に経験したからなのかも、と百合はふと思った。
そんな二人のわきでは、兵頭がそんな姉妹のやり取り見て目を細めていた。
百合が空を見上げる。
「来週あたりお洒落してお花見に行こうか?」
今にもはじけそうな桜の蕾をいっぱいに眼の前にして、百合が凛々花に提案した。
「仕方ないわね、どうしても行きたいならいいわよ」
凛々花はぱっちりと開いた美しい眼で姉と同じように桜の蕾を見上げ、恥ずかしそうに答えた。
(終)
作品名:おつかれさまです、ユリリカ探偵社 作家名:新川 L