センパイんとこ住まわせてもらっていーっすか? <前編>
そう吐き捨てると、乱暴に足音を立てて台所に向かった。プルトップを開け、喉を鳴らしてビールを飲み下す音。
今夜もきっと荒れる。
和歌子は身を守るように両腕を抱えた。その指に包帯が触れる。
たちまち蘇る、ある日の光景。
♢ ♢ ♢
「だいぶ薄くなってきたな」
台所で食器を洗っていると、いつの間に来たのか隣に倫が立っていた。水仕事のため袖をまくっていたので、腕が丸見えになっていたようだ。和歌子は水道を止め「そうすか?」と自分の腕をしげしげ眺めた。
言われてみれば確かに、おどろおどろしい青紫色だった痣は、かろうじて場所がわかるほどにまで薄くなっていた。擦り傷も消えかけている。暴力が日常になっていた和歌子は、自分自身を大切にする事について、てんで無頓着だった。
「見せてみな」
和歌子は大人しく、両腕を差し出した。倫は和歌子の腕を片方ずつ取ると、時折裏返しながら、じっくり点検していった。
色素の薄い倫の瞳が、和歌子の腕を上下する。触れる指先は冷たくて、そして優しい。和歌子はなぜかドキドキして、体中の血流が早くなるのを感じた。
倫の顔をちらりと盗み見る。真剣なまなざし。頬が紅潮している。目の縁も赤い。
じっと見ていたら、目が合ってしまった。倫はハッとした表情で一瞬その動きを止め、なぜかぞんざいに和歌子の腕を放した。
「……まあ、いんじゃねーか」
倫は口の中でごにょごにょ呟き、六畳間に戻ってしまった。
倫が手を離した時、やめないで、と思った。ずっと触っていて欲しいと願った。
そんなことを考えた自分が猛烈に恥ずかしくなった。
自分以上に自分の事を心配してくれる倫に申し訳ないと思った。
あれは何だったんだろう。
♢ ♢ ♢
再び始まった誠也との生活で、一旦は薄れかけた痣が、また鮮やかな禍々しさを取り戻していた。新しい包帯の感触と下腹部の痛みが、和歌子から様々な感情を奪い取っていく。
ドスドス足音を響かせながら、誠也が寝床に戻ってきた。
和歌子はぎゅっと目を閉じて、早く朝が来ますようにと一心に祈った。
ーー中編に続くーー
作品名:センパイんとこ住まわせてもらっていーっすか? <前編> 作家名:サニーサイドアップ