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ほんとうの日記

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《彼には息抜きが必要なの。》

彼の好きなだけさせた。彼のしたがることはすべて、イヤと言わなかった。

《彼女さんみたいに彼の自由まで奪うのは、ほんとうに彼のことを思っている人のすることじゃない。わたしは彼の彼らしさを奪いたくない。》

「俺、終わった後にベタベタされんの苦手なんだよ。お前みたいにさっぱりしてんのが一番いいよ。」

《彼女さんの愛は、ある意味、独占なのかもしれないけど、わたしのは、彼を独占することじゃない。お互いが自由でいたい。》

しつこい、って思われたくなかった。
ほんとはずっと抱きついていたかったけど、しなかった。彼女さんとか、他の女の子とかと、同じだと思われたくなかった。だから、わたしは、終わるとすぐ、彼から離れた。

《わたしだけは彼の負担にはならない。こんなことで、彼を束縛したくない。》

わたしから誘ったことは一度もなかった。もっとして欲しくても、言わなかった。

《わたしは、彼女さんから彼を奪いたい訳じゃないの。》

休みの日に彼がわたしを誘わない時は、彼女さんとうまくいってて、よかったねって、思ってわたしからは連絡しなかった。

彼とわたしは喧嘩なんてしなかった。わたしは彼女さんの代わりじゃなかったし、喧嘩する理由なんて、なかった。だから、急にわたしを呼び出して何も言わない彼に、わたしは理由も聞かなかった。

《わがままな女って、思われたくない。》

ラブホテルの部屋が好きだった。そこだけはわたしたちだけの空間だったから。窓のないあの部屋は、外の世界から切り離されて、誰の目も届かない、神様の目も届かないわたしたちだけの場所だった。

《このままでいいと思う。》

《彼が望むのは、束縛しないわたしだから。》

わたしが何もしなければ、わたしから何も言い出さなければ、このままずっと秘密のままでいられるような、そんな甘いことを考えていた。

そんなこと、ずっと続くはずないのに。

ゼミの彼女には、彼は高校のときの彼女とまだ続いてると伝えた。彼女が彼を悪く思わないように伝えたつもりだった。彼女は泣いていた。そこまで好きだったんだって、ちょっとびっくりしたけど、最後に彼女は、泣きながらキレだした。

「じゃあさ、なんで彼は他の女の子とも付き合ってるわけ?サークルの子たちとも昔付き合ってたって聞いてるんだけど。ちゃんと彼女がいるのにそんなことしてサイテーじゃん。彼もよくないけどさ、彼と付き合うそのサークルの女たちもおかしーよ。人のもの取るなんて泥棒と一緒じゃん。」

彼女のその言葉にわたしは急に恐ろしくなった。その日からその言葉が耳から離れなくなった。
わたしたちのこと、誰も知らないと思ってたけど、そう思ってたのは、わたしだけなのかもしれない。もうみんな知っていて、見て見ぬ振りしてるだけなのかもしれない。
もしかして、彼女は全部知っていて、お前が泥棒だと言っていたのかもしれない。
彼とのこと、どんなに楽観視しようとしても、最悪のことしか思い浮かばなくなった。
すべてを失ってしまう。友達とか、サークルの仲間とか、大学での楽しかった思い出とか、がんばって作り上げた新しいわたしが、「泥棒」という言葉で、全部なくなってしまう。

彼に相談してみようかとも思ったけど、なんて話していいのかわからなかった。わたしは彼の彼女な訳じゃない。わたしは彼となにかを約束した訳でもない。わたしはただの、彼の友達。あんなにHして、朝まで一緒にいたのに、わたしは彼に、自分が何を思ってるか、伝えたこともなかったし、彼がわたしのこと、どう思っているのか、聞いたこともなかった。

わたしは誰なの?
《わたしは彼の友達。》
わたしは彼の何なの?
《わたしは彼女さんの代わりなんかじゃない。》
日記の中でさえ、《好き》って言ってなかった。

もし、このことがみんなにバレて、わたしが悪く言われても、たぶん、彼はわたしをかばわない。だって彼にとってわたしは、誰でもない。だから、彼には、わたしをかばう理由がない。
こんなこと、誰にも相談できないし、誰にも言いたくない。
わたしはこの、誰も読むはずのない日記の中で、わたし自身に向かって必死に話した。

《わたしは彼女さんや他の子たちみたいに、彼を独占しなかった。独占することが愛だとは思わなかったから。》

《彼には彼女さんの愛が窮屈だったの。》

《確かに自分の彼氏が他の子とHしたらイヤだと思うけど、それは彼氏の心がすでに彼女の所にないからじゃないの?もし、彼氏がほんとうに彼女のことをまだ好きなら、他の子とHしたりしないんじゃないの?他の子とHしてる時点で、もう彼氏の心は彼女から離れていってるんじゃないの?》

《ゼミの彼女の言ってることも、彼女さんの気持ちも、わかる。でも、わたしたちのはそういう恋愛とかじゃなくって、友達の延長みたいなものかな。》

《わたしたちの間にあったのは、男女間を超えた友情なの。》

いくら日記に言い訳をしても言い訳しきれないわたしは、彼を避けるようになった。わたしが誘いを断り出すと、彼はあのゼミの友達と付き合い出した。わたしはサークルにも寄り付かないようにした。友達からの誘いも断った。卒業まであと少し、就職活動に専念することで、彼のことを考えないようにした。

あれ以来わたしは、臆病な昔のわたしに戻ってしまった。泥棒が盗んだ品物は、全部ニセモノだった。彼がわたしにくれた勇気たちは、彼が離れた途端、一緒に消えてしまった。
そしてわたしの手元には、日記だけが残った。



会社帰りの電車の窓には、いつも夜の街。
最近は、陽のあるうちに家に帰ることはなくなった。早く帰った所で、誰かが待っている訳でもない。お昼にランチで表に出たあと、次に出る時にはもう外は暗くなっている。学生の頃好きだった夕方の町並みは近頃、あまり見なくなってしまった。
東京に出てきた頃、電車から見える家の数に圧倒された。おもちゃみたいな家たちが、どこまでも、ずっと続いていて、それぞれ全部に誰かが住んでいるなんて、田舎で育ったわたしには想像出来ないことだった。すごいスピードで走る電車の窓から一瞬、近くの家の窓の中に、誰かが生活をしているのが見えた。バラバラに生きているように見える東京の人たちにも、それぞれに帰る家がある。ここでは、たくさんの人たちが、肩を寄せ合って生きていた。はてしなく続く家の数だけ人生があるんだと思った。
夜の快速電車は、残業を終えたサラリーマンや酔った若者たちを乗せて、高いビルばかりのオフィス街や派手なネオンの繁華街から、彼らの家庭がある住宅地へとわたしたちを運んでゆく。乗り物酔いのしやすいわたしは、満員の乗客が吐く疲れた匂いが充満した車両の中で、なるべく人に挟まれることのないようにドア側の手すりにつかまって、窓から流れていく町並みを見るようにしている。大きい駅に停まる度に少しずつ人が減っていき、ひとつずつわたしの駅が近づいてくる。見慣れた駅前の商店街が高架下に見えてくると、やっと安心する。今日も帰って来れた。一斉にホームに降り改札に急ぐ乗客たちを尻目に、わたしは少しの間、ホームから見えるこの街の家の明かりを見下ろしていた。
作品名:ほんとうの日記 作家名:MF