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ねこじた

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 リベンジを見事果たした後、次に彼に会ったのは、駅前の別のコーヒーショップだった。休みの日に、私が偵察も兼ねて(という事にしておく)自分の店とは別のお店で友達と待ち合わせをしていると、彼がそのお店のカウンターで注文しているのが見えた。なぜだか少しだけ残念な、寂しい気持ちになった。彼がコーヒーを持ってこちらへ向かってくる時に無意識に顔を逸らしたが、「あ」と言う彼の声でそちらを向いたら、目が合ってしまった。
「い、いやこれは、その」
 まるで浮気がバレたみたいにしどろもどろする彼が、可笑しかった。可笑しくて、つい偉そうに言ってしまった。「あら、本日は違うぬるめをご希望ですか?」

 私の待っている友達が、人身事故が理由で電車が止まり、結局30分以上遅刻したこともあって、私と彼の話は予想外に弾んだ。
「基本的に、自然界に生きるすべての動物は猫舌なんだよ」
 彼は言い訳をするように言った。私は浮気を追求するように、質問を浴びせる。
「犬も?」「犬も猫舌」「猫舌って不便じゃない?」「不便だけど、問題はない。…わけはないか」
 ホットコーヒーに苦しめられるほどの彼の猫舌ぶりはやっぱりすさまじく、語ってくれたその失敗談は私に多くの笑顔をくれた。特に、小学校時代に給食の大きなおかずが熱くてなかなか食べられなくて、学校の先生から「ふーふーしなさい」と怒られたという話は印象に残った。
「良いことは?逆に猫舌で、良かったことはある?」と聞いた私に、一瞬真面目な顔をしてから彼は答えた。
「人に優しくなれること、かな。ほら、痛みや苦しみを知っていると、人に優しくなれる」
 予想外の答えに、適切な相槌はなんだろうと迷っている私を見て、彼は「あ、でも人の猫舌を心配したことは一度もない」と冗談っぽく言って笑った。これが、やさしさというものか。
 その後も問答は続き、彼がジョンレノンではなく、本屋の店員だということと歳が同じだということまでわかった所で、「もうすぐ着くよー」と友達から連絡が来ていたこともあって、話に切りをつけるのと半ば冗談のつもりで、私は最後の質問を投げかけた。
「で、今日はなんでうちじゃなくてこちらに?」
 これが本命の質問ですよ、という具合に身を乗り出して聞いてみた。彼は一瞬戸惑いを見せたものの、とても自然な感じで、さも当たり前のことを言うかのように、答えた。
「あなたが居なかったから」
 私の頭の中でその言葉がリフレインする。初対面のあの日の言葉と混じって、繰り返し繰り返し響く。僕がいつも行くお店じゃなくて、わざわざこっちのお店へ来てコーヒーを頼んだ理由?それはね、簡単ですよ。頭の中の彼が笑う。それはね、あなたが居なかったから、なんです。

「私に初めて会った時も、しどろもどろしてたもんね」
 少し意地悪のつもりで私が言う。隣のあなたはまだ緊張している。
「仕方ないじゃないか、誰だっておかしくなるもんだよ、きっと」
 二人で私の両親に挨拶に行った帰り道、あまりの緊張とあんまり熱いお茶のせいで、あなたは「娘さんを僕に下さい」と言う大事な場面で「僕を幸せにして下さい」と発言するという大きなミスを犯した。その場に居る誰もがきょとんとする事態だ。結局、そのおかげであなたが良い人ということが親にも伝わり、その会は和気あいあいとなったのだけれど。
「幸せにしてあげようか、私が」
 二の腕にしがみつき、笑顔でわざと言ってみる。困った顔をしながら、あなたがボソボソと小さく言う。
「僕が幸せにするから大丈夫」
 私は更に意地悪を続ける。「なんです、よね」
「意地悪だなぁ」
 満足した私は、満面の笑みを浮かべながら、空を見上げ、呟く。
「でも、苦しみを味わった分、優しくなれるんだもんね」
 その呟きを聞いて、今度はあなたが、静かに、とてもやさしく言葉を宙に浮かべた。
「もう君を一生幸せにしていく分の優しさは貯めたつもりだけど」
 あまりに思いもよらぬ答えが返ってきたので、意地悪というよりは恥ずかしさで、私は無理やりおどけてみせた。
「猫舌で貯めたの?」
 今度は二人して笑って、私は思った。たとえ私たちがいる場所が、世界の本当はじっこでも、きっとあなたとなら幸せになれる。あなたのやさしさは、そこまでちゃんと包んでくれるだろうって。
 考えがぬる過ぎるかな?



作品名:ねこじた 作家名:作者