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ゴキブリ勇者・カズキとマリ編

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俺は初めて来た戸口の前で、ノックすることを少しためらった。
この中にマリがいる。
話したいことが色々あったが、思いがつのりすぎて、逆に足がすくんでいた。


「アンタ、そんなところでなにやってんの?」

「ま、マリ。いつの間に……」

「私気配消すのうまいのよー。それより、なんで中に入らないわけ?」

「いや……」


突然背後から現れたマリは、春の軽やかな服を身にまとい、とても綺麗だった。
俺は余計に戸惑って、首をおさえた。


「まー、あれだよ。初めてマリんち来たわけだし、ちょっと緊張しててさ」

「あっそ。じゃあ、もうちょっと緊張して立ってる?
私は入るけど」

「いやいや!俺も中に入れてくれ」


ガラガラと引き戸を開けて、俺とマリは家の中へ入った。
マリ達は最近このカシマオーノに越してきたはずなのに、中はすでに生活感に溢れていた。


「しかし、カズキと一緒にいるっていうのは、なんだか不思議ね。
あのパーティーの時も思ったけど」

「俺もなんだか現実味はないなー。
だけど、呼んでくれて嬉しいよ」

「アンタが泣きついてきたからっしょ。まぁ、そこらへんも聞かせてもらうから」


居間の方に通された俺は、マリと暮らしている肌がピンクのおっさんに頭を下げる。
そういえば、この人はマリの母親に恋をしてたとか聞いたが、そんなおっさんと暮らしてマリは大丈夫なのだろうか。
おっさんが席を外したとき、思わずマリに聞いてしまった。


「うーん、私もちょっと不安だったけどね。
まぁ、なんにもないよ。
たまに、すごく悲しそうな顔されるぐらいだね」


それはそれで問題なんじゃないだろうかと思った時、おっさんは飲み物を持って戻ってきた。


「はい、カルピスを作ったので良かったら飲んでくださいね」

「ありがとうございます」


俺はなんとなく気まずく思いながら、おっさんの顔を見た。
おっさんは困ったような顔をしていた。


「しかし……本当に私がいていいのですか?
二人で話した方が、話しやすいと思いますよ」

「いや、それだと緊張しちゃうので。
出来ればおじさんにもいて欲しいです」

「そうですか……。まぁ、私でよければ」


俺はとりあえずカルピスを飲んで、そっと溜め息をついた。
俺がここに逃げてきたことを説明しなければいけない。
だけど、なんて話始めればいいのかわからなかった。


「ほら、早く話しなさいよ。一体なにがあったんよ?」


俺は苦笑いをしながら、二人から目線をそらした。


「俺の母さんに彼氏ができたっぽいんだ」

「あらまー、それは大変ね」

「しかも、その彼氏には奥さんがいるんだ」

「あらあら、それじゃあ不倫じゃん」


マリはさほど動揺せず、カルピスを飲んだ。
むしろおっさんの方が慌てていた。


「その彼氏に、なにかされたんですか?」

「別に、そこまでのことはされてません。
ただ……俺の知らない話を二人で話すんですよ」

「なにそれ、サイテー」

「……母さんとその彼氏は同級生だったらしくて、昔話をずっとしてるんだ。
それも俺には理解できないような話し方をして。
だけどな……母さんが全部俺に説明してくれるんだよ。
この時はああでこうだったから、とか俺にも分かりやすいように。
そうしたら、その彼氏はいつも不機嫌になっていって……」

「アンタ板挟みってわけね。あえて言うけど、アンタのお母さんアホだわ」

「俺もそう思うよ。別に二人で仲良くしてくれてていいのにさ。
いや、よくはないか。不倫だしな」

「でもさー、アンタのお母さんって不倫なんかしなそうなんだけど。
ホントに付き合ってるわけ?」

「さぁな。まぁ、夜のなんちゃらって方まではいってない気はする。
だけど、母さんが嬉しそうに笑うから、これでもいいのかなって思うんだ」

「ふーん、ならもうちょっと我慢しなきゃね」


マリはサバサバとした口調で、真理をついてきた。
だけど、もう少し話を聞いて判断して欲しかった。


「でもな、その彼氏なんだけど猫の話をしたんだよ。
奥さんの母親が飼ってるみーちゃんって猫なんだけどな。
「アイツがいなければ月7000円は浮く」って……。
俺、怖くなって」

「ふーん。まぁ、具体的な額を言ってくるのは恐ろしいね」

「しかも、その猫も奥さんの母親も、呪われたみたいに死んだんだぜ?
それを清々したって感じで言ってさ、もう……」

「一つ言えんのは、アンタのお母さんは趣味悪いわー」


マリは確信をズバズバついてくる。
俺はやんわりと慰めて欲しくて来たので、また苦笑いをした。


「そりゃ、マリには分かんねぇだろうけどさ。
結構、大変な状況にいるんだぜ?俺」

「分からなくて悪かったね。
じゃあ、父親の不倫相手と住んでた私がアドバイスしてあげんよ」


俺はギョッとしてマリの顔を見た。


「関わるな、これだけね。
怒鳴り声や殴る音が聞こえたり、自分が殴られてるのを全力で庇われても、ただ無関心を決め込むこと。
いちいちとりあってちゃ、自分の身がもたないわ」


俺にはマリの話は難しくて、いまいち分からなかった。
だけど、謝らなきゃいけないことは分かった。


「ごめん……」

「別に。私にもアンタの気持ちは分からないからね。
人間なんてそんなもんよ。
分かったなんて言えるのは口先だけだかんね」

「いや……でも俺はマリのことは理解したいよ」


はっと気がついて俺は口を覆った。
何を言ってるんだ俺は。
焦ってマリの方を見ると、マリは冷たい顔をしていた。


「なに、アンタ私のこと知りたいの?
なら教えてあげる。
私は父親と母親と父親の不倫相手を殺したのよ」

「こ、殺した?」

「ええ。母親は蹴っ飛ばしたら死んだ。
父親と不倫相手は刺したら死んじった。
だから、私はあの街から逃げ出して来たのよ」

「……そうだったのか」

「まぁ、勇者がなんとかしてくれたけど、私の罪が消えることはないね。
私は一生幸せになる権利はないって思ってんよ」


マリは冷たい顔のまま淡々と話した。
俺になにが出来るだろう。
決心が固まらないまま、俺はマリの目を見た。


「……なんで殺したんだ?」


マリは呆れたように笑った。