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長谷川廣秀
長谷川廣秀
novelistID. 52288
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寄り添った影

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しばらくして、僕の送ったメッセージの下に既読の文字が入った後、スマートフォンのコールが鳴り始めた。ディスプレイに真鍋里香の文字が浮かぶ。
「もしもし。」
僕は、電話にでた。
「もしもし、慎一?」
スマートフォン越しに里香の声がする。
「あのね。さっき、バイト中じゃ話せなかった事があって。お風呂に入ってたの?」
里香は、言葉を繋げて聞いてきた。
「ああ、さっき上がったところ。何、話せなかった事って?」
「えーと…、ちょっと私の友達の事なんだけど…。」
里香は、少し言いづらそうに話す。
「えっ、俺も知ってる人の事かな?」
僕は、ちょっと驚いたように答えた。
「ううん、違うよ。他の大学の人の事。慎一が知らない人だね。」
里香は話を続けた。
 里香の話によると、ボランティアのイベントで知り合った他の大学の女友達が、ヨガのイベントに参加したらしい。その女友達はそのイベントの事を、SNSで知ったのだが、少し興味を持って女友達と一緒に二人で参加してみた。イベントの主催者に連絡をとって、友人と一緒に、ファミリーレストランでその主催者と思しき男女と会うことになったが、二十代半ばぐらいの男女で、話をしてみるとヨガや仏教の勉強を通じて奥深い神秘的な体験ができると言い、しきりにイベントサークルへの参加を求めたり、連絡先を聞きたがった。連絡先を教える事を躊躇していたら、今からそのヨガが開催されている教室へ行かないかと誘われた。二人はせっかく来たのだからとそこに行く事にした。教室は、ビル内にあり外目にはおかしいとは思わなかったそうだが、中に入ってみると案内された部屋の中には、祭壇が築かれていて、大きな密教の曼陀羅の掛け軸が壁から下がっていた。中には、他に水色の服を着た数名の男女がいたが、座禅をして頭を上下左右に振ったり、床に座ったまま手や足を動かして何かしらのポーズをとったりしている。ヨガと言うよりも何か違う別のものではないかと感じたらしい。そのあと体験してみないかと言われて座禅を組んだりしてみたが、何かおかしいと思った彼女は気付かれないように友人にそれを話し、用事があるから友人と一緒にもう帰りますと言ってそこを出ようとした。出る時に、ここに来たら連絡先を書く決まりになっているからと連絡先を書くように言われた。連絡先を書かないと帰れないと思った彼女は、うその連絡先を書いた。後から聞いてみたら、一緒に来た友人もうその連絡先を書いたらしかった。そのあとはなにもないが、怖くなってSNSを退会した。そして、そういう事があったのだと里香に話をした。
「慎一はどう思う?」
話が終わって里香が僕に聞いてきた。
「そうだなあ。たぶん宗教絡みの怪しいサークルじゃないかと思う。」
「うん、何かの宗教団体なのはたぶんそう。由紀子は、怪しいサークルと関わっちゃったんだよね。」
里香は僕の返事に相槌を打つ。
「その後に、何か変なことに巻き込まれたりとかしていないか?」
僕は、気になって尋ねた。
「今のところは何にもないらしいけど、ひょっとしたら大学構内であの二人に会うんじゃないかって心配してる。大学構内でも勧誘とかやってるかもしれないから。」
「大学の中だと噂が広まるのも早いし勧誘は難しくないかな。学生自治会や、大学側も何か対処するかもしれない。」
「そうだと良いんだけど、そういう団体って、学生の勧誘を狙った活動を積極的にやってるみたいだし。」
里香は心配そうに答える。
「大学側には、そういう団体が構内にもいるかも知れないって事を連絡した方がいいんじゃないか。」
「そうだね。私もそうした方がいいと思う。由紀子にも話しとく。」里香は電話越しにうなずく。
「身近な人にそんな体験する人がいてびっくりした。由紀子、一人暮らしだから私、心配してるの。」
「そういう団体って多分、昔からそうなんだろうけど、俺たちの近くにいるんだよな。」
僕はテレビで20年前に地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教についての特集があったこと、今もオウム真理教に惹かれる現代の若者が、その後継団体に入信していると言った事を話した。
「怖いね。すぐ近くにそんな団体がいて、私たちと同じぐらいの人が入信しているって。きっと心の弱い部分や辛い部分に忍び込んでくるのね。」
「俺たちと同じ普通の大学生が、何かのきっかけで入っちゃうんだろうな。」
「慎一も一人暮らしだから気をつけてね。」
「そうだな。そうなりそうな時は、里香に相談するよ。」
「絶対、相談してね。あっ、今、23:30回ったよね。私、明日は一限からなんだけど慎一は?」
里香が一呼吸置いて聞いてきた
「俺は二限から。」
「そっか。じゃあ、もうお風呂入って寝るね。今日はありがと。おやすみ。」
「ああ、お休み。」
里香はそう言って、電話を切った。僕は充電器にスマートフォンをはめた後、机の上のデスクトップパソコンの前に座った。時計は、23:35を指していた。レポートの締め切りは、まだ先だったので慌てる必要はない。僕はさっきの里香との話を思い出して、考えていた。
オウム真理教、20年前の地下鉄サリン事件。里香の友達が接触した団体が、オウム真理教と関係がある団体かどうかは分からない。でも、そういった世界は僕たちの日常を延長したところに確かに存在している。それは、もし日常から足を踏み外してしまえば、そこに転がり落ちてしまう危険のある日常に寄り添った影だ。テレビで見た地下鉄サリン事件の実行犯の一人、土谷正美は、筑波大学の大学院を出て化学を専攻していた。奇しくも僕も化学を専攻している。もしも僕もサリンを作ろうと思えば作れるかもしれない。しかし、サリン合成の反応機構を考え、作り方を考える事と、それを実際に作りそれを使うことの間には、越えてはならない大きな距離がある。土谷正美はオウムに帰依し、その距離を越えてしまった。土谷はどうしてオウムに帰依したのだろう。里香が言うように、オウムが心の弱い部分や辛い部分に忍び込んでしまったのだろうか。人間はそんなに強い生き物じゃないから、どんな聖人君主でもそんな部分をきっと抱えている。だとしたら、誰でも自分の弱さをコントロールできないならば、いつでもその危険に落ち込んでしまう可能性がある。オウムの後継団体に入信してしまった大学生も、やっぱり不安や悩みを抱えていたと思う。僕も東京に一人で暮らしているけれど、日常に寄り添った危険はいつでも僕の傍にあって、僕が自ら落ちてくるのを待っているのだろう。
僕は、そんな事を漠然と考えていた。明日は、実験はなく授業も二時限目からだからもう少し、起きていてもかまわない。僕は、読みかけの本を手に取りとってベッドの上に寝っ転がり、そして、挟んでおいた栞のページを開いた。
翌日は7:30に目が覚めた。起きて顔を洗って、窓から外を見るとパラパラと雨が降っていた。僕は朝食を作るために、冷蔵庫からパン一枚と買っておいたサラダ、牛乳を取りだしテレビをつける。ニュースの天気予報では雨は昼を回ったほどで止む見込みというアナウンスが流れていた。講義は二限目で10:40の授業開始だから、時間はまだ十分である。早めに大学に行ってもいいが、家で昨日のレポートの続きをやってもいい。
作品名:寄り添った影 作家名:長谷川廣秀