短編集 1
つかれて
「かちょう、つかれてますね」
その声にますます俺の苛立ちがました。
「大木君そんなことよりラインの管理を徹底したまえ」
二ヶ月ほど前、異例の抜擢で課長に就任した俺は、相変わらずの生産性の低さに苦労していた。
特に先ほど間延びした声で話しかけたラインの長(この男は俺より随分先輩なのだが)の、そのマイペースさと何を考えているかわからない顔つきに我慢できなくなっていた。
「部長、なんとかなりませんか?大木のやつ」
「何もラインばかりでなく、部下の管理統制も君の仕事だとわからないのかね…」
昨日の会話が思い出される。
この二ヶ月、課長に抜擢されたことに報いるために獅子奮闘の努力を続けてきたのだが、もとより社内での、いやこの古くからある本社工場での根付いてしまっている昔ながらの雰囲気がどうにも拭えないでいた。
つかれてる?当たり前だ。
お前のような頭の硬い職人気質の連中が、俺の邪魔をし疲れを貯めているんだ。
何か言いかけた大木をじろりと睨みつけ、俺はラインの向上のための施策にまた打ち込みはじめることにした。
適材適所のための配置替え、機械化の導入、頻繁に起こる受注ミス、これらのことが山のように積み重なり俺の肩にのしかかってくる。
つかれてる?その通りだ。
最近は夜も眠れない。
非道い凝りが寝ている間も俺を悩ませるのだ。
このままでは…
夜も更けやっと自宅に戻る気になった俺に、またあの男が声をかけてきた。
珍しく残業でもしていたのだろうか?普段ならいの一番に帰社する問題児が。
「かちょう、やはりつかれてますよ。かちょうはにじゅうねんまえのせんせんだいのかちょうのことごぞんじですか?」
「ああ、聴いてるよ。大きなミスをして当時の大手受注先から仕事を切られた無能者のことだろ?たしか自殺したとか…でもそのあとの新しい受注先のおかげでこの会社が一回り大きくなったて話じゃないか」
「…にてるんですよ、そのときと…。つかれたようすが」
「何言ってるんだ君は、そんな無能者と俺はは違う。成果を上げてみせる」
「…そうじゃないんです、…かた、おもくないですか」
「ん?、肩こりは酷いが…」
「いいですか?これ、みてください…」
そう言った大木の手には何処から持ってきたのか一枚の鏡が抱えられていた。
それには俺の肩にべったりと手をまわし取り憑いた見知らぬ男の姿があった。
首に巻かれた縄で苦痛に白目をむいた姿が。