はじまりの旅
ハッシュがアードルを鞄から取り出す。ハッシュは彼の容姿に戸惑いを隠せずにいる。それは隣にいるクグレックも同じだった。2人は彼に似た人に会ったことがあるのだ。
「ハクアの代わりに預かろう。あの方は今二日酔いで調子が悪い。」
美少年はアードルを受け取る。
「明後日には出来上がると言っていた。また、臨床実験の結果も楽しみにしているとのことだ。では、用も済んだろう。早く帰ってくれ。」
少年に促されて、3人は家を追い出される。ハッシュは戸惑いつつも、振り返って問い正す。
「君の名を教えてくれないか?」
少年はハッシュを見た。一瞬口を開きかけたが、少年は彼らを家から押し出した。そして一言「俺は何も分からない。名前も過去の記憶も何もない。」と言い捨てて、扉を閉めた。
内側から鍵がかかる音がした。
これではもうあの少年に会うことは出来ない。
次は明後日だ。
クグレックとハッシュは観念して白魔女の隠れ家に背を向け、ティグリミップ方面へと歩みを進める。
「あ、あの、一体どうしたんですか?」
少年に出会ってから急に様子が変わった二人にムーが質問する。
ハッシュとクグレックはお互いに目配せをする。お互いに会話は交わしていないが、思うところは同じだった。
ハッシュがゆっくりと口を開いた。
「知り合いに似ていたんだ…。大分幼く見えたが、あいつはクライドにそっくりだった。」
「うん…。私もそう思った。弟さんとかかな…。」
クライドとはトリコ王国の家臣である。剣の腕が立ち、大変見目麗しい青年だった。ディレィッシュがトリコ王国の王であった頃、クライドは全身全霊をかけて彼に忠誠を誓っていた。ディレィッシュがいなくなった今はトリコ王国軍団長として国王を補佐しているはずだ。
それなのにクグレックとハッシュは少年の姿を見ると瞬時にクライドの面影を感じた。それどころか、彼がクライドであるという錯覚すら覚えたのだ。
倒錯的な感覚に陥った二人はどういうわけか口数が少なくなった。頭の処理が追いつかないのだ。
クライドはトリコ王国で軍団長として要職に就き、忙しい日々を送っている。彼の敬愛する人が愛したトリコ王国を存続させ、繁栄させることが彼の使命なはずなのだ。
名前も過去の記憶も何もないあの少年がまさかクライドな筈がない。そもそもクライドは少年ではない。ディレィッシュよりも年齢は一つ上の立派な大人なのだ。