はじまりの旅
第6章「薬物騒動とまやかしの恋」
小さなドラゴンムーがアルトフールへの案内役であることが判明し、御山を無事に降りて来ることが出来た一行は麓の宿屋で僅かな休息を得ていた。本当はもう少しゆっくり休んで居たいところなのだが、一行は翌朝には麓の集落を発つ予定であった。ムーの存在が麓の集落の人々に知れるのは好ましくないため、集落に長居は出来ない。故に、夕食後これからの予定を立てるために、皆男性部屋に集まっていた。
心強い仲間のティアは世界一の踊り子を目指すためにクグレック達と共にアルトフールへ行くことはないが、ムーが知っているアルトフールの話を聞いてみたいということで、部屋にいた。
部屋はリラックスした雰囲気が流れており、ティアが持ち込んだお菓子とハーブティーを飲みながら談笑が交わされていた。
「ハッシュ、お前、うら若きレディがいるんだから、上に何か着たまえ。」
と、ディレィッシュが、彼の弟であるハッシュを諌める。ハッシュは上半身裸であった。丁度食後の筋トレを行った直後にクグレックたちが部屋に入って来たので、上半身が裸のままだった。
本人はこれが毎日の日課なので、大して気にする様子もなくいたって自然な様子でいたが、兄に諌められたため、静かにシャツを羽織った。
「ハッシュは脱ぎ癖があるのかな?」
ニタが冷やかした。
「まぁ、裸の方が楽だな、と思う時は結構ある。」
正直に答えるハッシュ。ニタはその返答に少々呆れた様子で
「だからうちのククに裸体を見せつけるなっての。変態。」
というと、ディレィッシュもそれに便乗してハッシュのことを「変態」と囃し立てる。
「ちょっと、あなた達、予定立てるんでしょ。ムーの話、聞かないでいいの?」
と、ティアが言い、更にハッシュの身体をまじまじと見つめながら、
「それに、…そうね、ハッシュは良い体をしてると思うわ。筋肉が着いてて立派な体よ。」
と言った。それに対してハッシュは若干困った様子で
「…あの、別に俺は自分の身体を見せつけたいわけじゃないからな。ただ、筋トレしてると暑くなってくるから…」
と、ため息を吐く。
「…ま、お腹の傷も治って来たしな。見せられる身体になって良かったよ。白魔女様様だな。」
と、ディレィッシュが言った。それに反応したのがティアだった。
「白魔女ねぇ…」
と、意味ありげに呟くティアだったが、それ以上言葉を続けることはなかった。御山を登っていた時も白魔女のことが話題に上がったが、彼女は極力白魔女の話題を避けたがっているようであった。
「そんなことよりも、ムーからアルトフールについて話を聞きましょう。」
ティアに促されて、ようやくムーが話を始める。
「では、お話させていただきます。アルトフールは『滅亡と再生の大陸』の絶望と断崖の山脈を越えた西の方に存在します。『滅亡と再生の大陸』は『支配と文明の大陸』と異なり、凶悪な魔物が多く存在する危険な場所です。ところが、残念なことに、『支配と文明の大陸』に行くには大陸東岸から船で乗り込み絶望山脈を越えていくしかありません。大陸の西側は船が乗り込むことが出来ない程に荒れた海となっているので、方法はその一つです。絶望山脈には凶悪な魔物がわんさかいます。生きて山脈を越えることが出来るかどうか。現実的に考えれば、無理でしょう。」
一同はごくりと唾を呑みこんだ。
「なので陸路、海路もダメとなれば、残す路は空路となります。」
「空を飛んで行くのか?」
超技術文明を築き上げたディレィッシュですら高い空を飛ぶ乗り物は発明できなかった。数十センチメートルほど浮かせるだけで手いっぱいだった。
「ええ。そうなります。『宙船』に乗りましょう。」
「『宙船』?」
「空飛ぶ船のことです。宙船に乗って飛んで行けば、アルトフールに簡単に行くことが出来ます。」
「そんな楽な方法があったんだ…」
ニタが拍子抜けした風に呟く。ニタは自身の2つの足で向かうものだと覚悟を決めていた。
「ただ、宙船に乗るには2つの条件があります。一つは僕の友人を連れていくこと。一つは海底神殿に向かわなければならないこと。」
「ムーが案内してくれるんだ。ニタ達、何だってするよ。」
「ありがとうございます。僕の友人はカーバンクルという種族でして、すべての攻撃をから身を守ってくれるバリヤーを張ることが出来ます。『滅亡と再生の大陸』は魔物に支配された大陸と言っても過言ではありません。空気も悪いでしょう。友人がいてくれれば、大陸についてからが楽になります。」
「へぇ。最強の盾ってやつか。」
ディレィッシュが呟いた。
「あとは、海底神殿ですが、これは、場所はどこにあるかは分かっているんですが、入れるかどうかが分かりません。ちょっと特殊な地にあるんです。海底神殿ももしかすると、魔物の巣窟になっている可能性が無きにしも非ずです。なので、先に僕の友人を連れてから、海底神殿に向かった方が良いでしょう。この海底神殿に宙船が存在します。」
「空を飛ぶ船は海の底に格納されているのか…。早く観てみたいな。」
ムーの話にディレィッシュの知的好奇心は激しく刺激されていた。
アルトフールへの旅路が示されて、先の見えない途方に暮れた旅が一気に現実味を帯びてきた。クグレックもアルトフールに辿り着いた時にもたらされる『幸せ』が楽しみになって仕方がない。
だが、その『幸せ』とは一体何なのだろう。そもそもアルトフールとは一体何なのだ。
クグレックは思い切ってアルトフールが何なのかムーに聞いてみることにした。
「ねぇ、ムー、アルトフールって結局なんなの?」
「アルトフールは『封印と黄泉の土地』と呼ばれていますね。『滅亡と再生の大陸』は絶望山脈を越えた先にはアルトフールの様な特別な土地が多いです。土地が生きている、というのですかね。土地がその意味を持って生きて、繁栄していくんです。大陸には『夢想と商業の土地』もあって、そこでは世界一の商業都市があります。それだけじゃなく、他にも様々な土地があります。」
「『封印と黄泉の土地』ってどういう意味?」
クグレックが質問した。
その質問に関してムーは首を傾げた。
「うーん。どういう意味でしょうね。」
「え、知らないの?」
「封印してくれるんですかね?うーん、でも、黄泉ってどういうことなんだろう?」
意外なことにムーはアルトフールがどんな土地なのか詳しくは知らないようだ。封印と黄泉、その二つの言葉がクグレックたちにどのような幸せをもたらしてくれるのか。クグレックには全く見当がつかなかった。
それでも、進むべき道は明らかとなった。まずは、ムーの友人に会いに行く。
アルトフールへの道は着実に近づいて来ているようだ。
********
夜が明けたばかりの朝靄漂う麓の集落にて。
集落の入り口にてティアが4人とムーを見送る。ムーは集落の人々に見つからないようにタオルに包まれてクグレックに抱えられている。
「じゃぁ、いってらっしゃい。アルトフール、見つかると良いね。あたしはまだしばらくここにいるから、寂しくなったら戻って来ていいからね。」
集落の人々を起こさない様に、ティアは声を潜めて言った。
「ティアこそ、世界一の踊り子、頑張りなよ。」