はじまりの旅
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全ての魔物を倒すと、瘴気は掻き消えて、青空が広がった。冬特有の凛とした高い空は、いつもいる場所よりも高いところで見ているはずなのに、高い空のままであった。
そして、あのドラゴンは、というと、人間よりも、ニタよりも小さくなり、猫のように丸くなって縮こまって眠っていた。体躯は堅そうな藍色の鱗に覆われている。あの巨大ドラゴンとは似ても似つかない様相だ。
「こんなにちっちゃかったんだ。」
ニタが言った。
「どうやら、魔物スポットと魔物と融合して大きく狂暴になってしまったみたいね。」
とティアが言う。彼女の瞳はまだ赤く、黒い翼も生えたままだ。
「生物と魔物スポットが合体なんて、そんなことがあるのか?」
と、ディレィッシュが小さなドラゴンに触れながら呟いた。それに対してティアは
「魔がドラゴンと魔物スポットを合体させる接着剤の様な役割をしていたのかもしれないわ。」
と答える。ディレィッシュははっとしてティアに視線を向ける。
「そういう役割を担う魔もいるのだな。」
「えぇ。きっと魔の力としてはまだまだ弱かった。でも、ドラゴンという潜在的に強い力を秘めた生き物と魔物スポットを融合させることで力を得たのね。…でも、しっかりドラゴンの成長を待てばさらに力を得ることが出来たのにね…。」
と言ってティアは丸くなって眠るドラゴンに憐みの眼差しを向ける。
そんなティアをディレィッシュはしばらく見つめていたが、何かを吹っ切るようにしてティアに声をかけた。
「ティア、これはただの私の勘なんだが、ティアはこのドラゴンと何か関わりがあるのか?」
「…!」
ティアの表情が強張ったが、ディレィッシュは続ける。
「そして、その恰好も一体どうしたんだ?ティアは私達に一体何を隠しているんだ?この御山のガイドをやってるにしても、ティアは魔に対する知識が豊富過ぎることがずっと気がかりだったんだ。」
ティアは自分の身体を守るようにして、自身の腰に腕を回す。そして、観念するかのように力なく微笑んだ。
「そうよね。こんな姿になっちゃったんだもの。話さなきゃいけないわね。」
ティアはちらりと小さなドラゴンを一瞥すると
「あの子が起きるまで一休みしながら、説明するわ。」
そう言って、一同は腰を落ち着けてティアの話に耳を傾けた。
「色々話さなきゃいけないことはあるわね。私のこと、あのドラゴンのこと。そして、クグレックのことも。」
クグレックは突然自分のことを言われてびっくりしたが、まずはティアの話を聞くことが先だと思い、黙ったままでいた。
「まずは、…私のことだと少し長くなりそうだから、あのドラゴンのことを話すわね。あの子は私の友達でムーっていう名前なの。あの子が再生と滅亡の大陸で心無い密猟者に捕まったところを私が助けて、支配と文明の大陸へ逃げて来たの。あの子はまだ小さいから、霊峰と言われている御山でひっそりと生活していけば良いかな、と思って連れて来たんだけど…。」
ティアの声がどんどん沈んでいく。
「その時の私はムーに魔が憑いていたことを気付けなかった。まさかあんなに狂暴になって御山を瘴気で支配するなんて…。」
ティアは悲しそうに嘆くのであった。
「魔は、もう完璧に抜けたのか?」
「えぇ。魔物スポットの破壊と同時に居なくなったわ。ムーにそれほど溶け込んでなかったから、力で追い出すことが出来た。そこは、良かったわ。」
「魔が溶け込んでると、追い出すのが大変なのか?」
「えぇ。事情は分からないけど、ディレィッシュについてた魔は深く融合してたように感じるから、多分、熟練の悪魔祓いが沢山いても追い出せなかったでしょうね。良く生き残れたわね。」
「そうか…。」
「さ、ムーのことはこれくらいで大丈夫?」
「あぁ。大丈夫だ。」
ディレィッシュが言った。他の者達も同意するように頷いた。
「次は、そうね、私のことかしら。」
ティアはロングヘアを耳にかけた。赤くなってしまった瞳は憂いを湛えている。
「私はね、悪魔と人間のハーフなの。だから、クグレックが魔女であること、ディレィッシュが魔抜けであったこと、魔物スポットだとか瘴気に詳しかったことはそこが由来しているの。でも、私、悪魔としては半人前で、まだ力を制御出来ない。だから、こんな風に翼が生えたりするのよね。」
「その赤い瞳も、悪魔の力のせいか?」
ディレィッシュが尋ねた。
「えぇ、そういうこと。」
「他にも変化するのか?」
「うん。尻尾が生えたり、爪がマニキュアを塗ったように赤くなったりするの。本来の悪魔の姿になるのかな。でも、ここは御山だから、ある程度抑えて貰えてたみたい。」
ティアはきゅっと目をつむると背中に映えていた翼が跡形もなく消えた。目を開いた時には、瞳の色も元のヘーゼルに戻っていた。
「力を使いすぎると、悪魔になっちゃうみたいで。一応、人間の姿への戻り方は分かるから、なんてことないんだけどね。悪魔化は制御できないの。」
ティアは力なくへらっと笑った。
「ティア、君が御山の麓にいる理由はその悪魔化を抑えるためか?」
ディレィッシュが尋ねた。
「ディレィッシュは勘が良いわね。そうよ。まぁ、抑えるため、というか、制御する力を身に付けるためというか。私、もっと世界の見聞を広めて、世界一の踊り子になりたいからね。」
「そうか…。きっとティアなら素晴らしい踊り子になれるよ。私が見た中でも一番だったからな。」
「うふふ、嬉しい。」
ティアは本当に嬉しそうににっこりと笑顔になった。
「じゃぁ、最後ね。クグレックの話。」
ティアからまっすぐな視線が向けられて、クグレックはどきりとした。
「と言っても、私が知っている魔女に関することね。」
一同はごくりと唾を呑んでティアの言葉を待つ。
「魔女って悪魔と契約して初めて自在に魔の力を操ることが出来るようになるの。悪魔と契約してなくても魔の力を扱える魔女はいるわ。でも、それは本来持っている一部の力しか操れない。クグレックだって、そうでしょ?」
クグレックは頷いた。覚えている魔法もきっと少ないし、魔力も時々暴走してしまう。
「悪魔と契約することは、魔の力を操れるようになるだけではない。契約した悪魔を使役することができるの。魔女にとっていい話でしょ。悪魔にとっても、魔女との契約は、魔女の支配下に入るということになるけども、契約時にも魔女の力の恩恵を受けて力を増大することが出来るし、魔女が死ねばその魔女の力は全て悪魔のものとなるから、いい関係なのよ。」
大人しくティアの話を聞いていたニタがハッとした。そして、訝しげな視線をティアにぶつける。
「ねぇ、…それって、ククをティアと契約させるつもり…?」
ティアは妖艶な笑みを口元に浮かべた。が、途端に表情が緩み、お腹を抱えてけらけら笑い出した。ニタ達は狐につままれたような顔をしてティアを見つめた。
「そういうつもりで言ったんじゃないわよ。力のある魔女は近くにいるだけでも悪魔の力を強くしてくれるってことを言いたかったの。だから、クグレックと一緒に居ることが出来て、私は普段では出せない力を出すことが出来ただけなのに、契約って。」