はじまりの旅
「ドラゴンのところまではあと少しよ。この洞窟の先を進めば到着する予定。ちょっと距離はあるけど、一本道だから大丈夫。」
豪快に肉にむしゃぶりつきながらティアが言った。
「ニタ、ドラゴン見るの初めてだから、ドキドキする。」
「私もだ。」
ニタとディレィッシュが言った。
「ティア、その、ドラゴンってどんな奴なんだ?ティア自身は見たことはあるのか?」
ハッシュが尋ねた。
「えっと…、分からないわ。見たことはないの。詳しくは分からない。ただ、その、人伝えに聞いた話だと、その大きさは私達人間の5倍くらいはある真っ黒な大きなドラゴンだって。火を吐いたりするらしくて…」
会話を聞いていたクグレックの顔が青ざめていく。ニタがクグレックの様子に気付き、
「クク、大丈夫だよ。ククはニタが守るし、それに、クク自身にも強力な魔法がついている。安心してよ。」
と声をかけた。
「うん。大丈夫。このメンバーなら、私も行けると思うの。だから、安心して。」
ティアもにっこりとクグレックに微笑みかける。クグレックは幾分心が和らいだ。
「ところでティア、その山頂に住むドラゴンはこの御山の希少種とかそういう類なのか?」
ディレィッシュが尋ねた。
「…いいえ。御山にはドラゴンははいないはず。だから、山頂のドラゴンは外来のものよ。」
「そうか…。どこから来たんだろうな?」
「…分からないけど…、瘴気が発生して、登山者の被害が出始めたのは昨年の11月中旬くらいだったわ。」
ディレィッシュの眉毛がピクリと動き、意味ありげに
「ふーむ。…まぁ、色々探ってもキリがないな。」
と、呟いた。
「なにか心当たりがあるのか?」
ハッシュが尋ねた。ディレィッシュは頭を横に振って
「いーや、何にも。」
と、あっけらかんとした様子で答えるのだった。
食事を終えると、魔力疲弊の残るクグレックは早々に簡易テントで就寝した。クグレックはこのメンバーの中で一番の要である。今ここで疲れを抜いておいて、魔物スポットやドラゴンと対峙した時に力を振る舞わなければいけないからだ。
残りはまだ就寝せずに、今宵の見張りの順番を決める。魔物スポットを破壊して安全が確保されたが、いつ別の魔物スポットから出現した魔物がやって来るか分からない。
「全部、アタシが見てても構わないけど…。」
「一睡もしないでドラゴンに挑むのか?少しでも休めよ。女性なんだし、肌に悪いぞ。」
一晩見張りを行おうとするティアにディレィッシュが待ったをかける。
そうして見張りの順番はティア、ハッシュ、ディレィッシュ、ニタの順になった。
テントではクグレックとティアとニタが眠り、外の焚火の周りではトリコ兄弟が寝袋に包まれて睡眠をとる。
ティアの見張りの時間が終わり、ハッシュの番となった。ハッシュはティアと共に起きていたので、引き続き火の番をしながら周りを警戒する。ディレィッシュも一緒に起きていたので二人はひそひそと会話をする。
「ハッシュ、寝てていいぞ。私は…、その、…あまり眠れないんだ。」
ぼんやりと火を見つめながら話すディレィッシュ。ハッシュはその姿を見つめながら、ちくりと心が痛んだ。彼の兄は元々あまり眠らない。寝る時間を惜しんでなのか、眠れないからその余った時間を費やすためなのかは分からないが、その起きている時間で研究に費やしていた。
ハッシュは、彼の兄が眠れなくて苦しんでいるのをトリコ王国時代から知っていたので、なんだかやるせない気持ちでいた。
「それに、私は御山ではどうにも役に立てないようだから、せめて弟の睡眠くらい取らせてくれ、な。」
そう言って微笑みかける兄に、ハッシュは仕方なしに寝袋に入り横たえ、目を閉じた。
「なぁ、ハッシュ。もしもだけど、御山のこの状態、クグレックの魔女の力だったとしたら、どうなる?」
ディレィッシュはハッシュに静かな口調で話しかけてきた。
ハッシュはゆっくりと目を開ける。焚火に照り出される洞窟の岩壁が目に入ってきた。兄の話に返事を返さぬまま、ハッシュは兄の話の意図を探るために耳だけを傾ける。
ハッシュの思う通り、ディレィッシュは話を続ける。
「クグレックは、存在するだけで魔の力を増幅させる黒魔女と呼ばれる存在だ。もともと御山は霊峰と呼ばれるくらいで聖なる場所だったはずだ。それなのに、今、こんな瘴気やら魔物やらに蹂躙されている。瘴気の発生源が魔物スポットなのか、山頂にいるというドラゴンなのかは分からないが、もしかすると、クグレックはその瘴気の発生元の魔に影響を及ぼしているんじゃないのかな、と思ったんだ。」
ハッシュはディレィッシュに背を向けて、体を横たえているが、そのまま体をディレィッシュに向けることはなかった。ただ一言
「…全部が全部、クグレックのせいと考えるのは、あいつにとって辛すぎる話じゃないか?」
と言った。世間知らずで、引っ込み思案で大人しいが、ひた向きな性格のクグレックを疑うのは心が痛むのだ。
「…そうなんだ。辛すぎる話なんだ。」
ディレィッシュが呟くように言った。
ハッシュはディレィッシュが言わんとしていることが何となくつかめて来た。
「ティアが、御山の異変は11月中旬位からはじまったと言っていたが、私の魔の力が強くなりだしたのも、その位からだった。もしかすると、と思ったんだが。」
「クグレックのせいだとして、だからどうする。」
「守ってやらないと。」
「…。」
「責任感は人一倍あるからな。だが、そのくせ弱いから、すぐに潰れる。私達は平穏無事にドラゴン退治を終え、何事もなかったかのように、御山の問題を解決するだけだ。」
ハッシュはその通りだ、と思い、しかし、敢えて言葉にはしなかった。
「ハッシュ、悪かったな。寝ろと言っておいて、私の話に付き合わせてしまった。今度こそゆっくり眠ると良い。おやすみ。」
ハッシュは一言「あぁ。」と返事をし、再び目を閉じた。
彼は兄と違って魔に囚われたことはない。クグレックの魔女の力が原因であるにせよ、山頂のドラゴンを倒せば事態は収拾するはずなのだ。兄程思考の海に囚われることのないハッシュはそこまで思いつめることもなく、静かに眠りに落ちていく。
ディレィッシュは弟の落ち着いた規則正しい寝息が聞こえてくると、静かに紅茶を啜った。
考え過ぎなのかもしれない、と思い、彼は何かで気分を紛らわしたくなってきた。
トリコ王国を出てからは機械いじりも研究も何もせずに夜を明かすことが多くなった。それは、開放的なものでもあったが、どこか物足りなさもあった。やはり、機械いじりは彼にとって、手放し難いものだった。
彼は自分の荷物を漁り、手慰みになるような何かを探す。