はじまりの旅
それから、魔物を数体ほど倒しながら5人は頂上を目指す。倒すのは勿論ティアとハッシュとニタの3人だ。クグレックとディレィッシュは3人の後で荷物を守る。
目の前のディレィッシュはそろそろ疲れてへばって来るであろう頃だと思っていたが、以外にも頑張っている。クグレックは瘴気で具合が悪くて、登るのも一杯一杯だというのに、なんだか裏切られたような心地でいた。
クグレックの落ち込みぶりは後姿からでもハッシュが気付いたのだろうか、ハッシュはクグレックの隣に着いた。
「どうした?具合、しんどいのか?」
クグレックは訴えかけるようにハッシュを見つめるも、首を横に振った。
「…みんな平気で山に登れるし、魔物とも戦えるし、私、全然だめだなって。」
クグレックの不安は言の葉となって零れ落ちる。
「疲れたか?魔物と戦うのは、怖いか?」
ハッシュの問いにクグレックは静かに頷いた。正直、魔物と戦うのは怖かった。
「こういう山登りも初めてだろ。しんどいのは仕方がない。瘴気ってやつで、クグレックの体調もあまり良くないんだろ?それに、お前は魔女とはいえ、ただの女の子だ。普通の女の子なら、ニタやティアみたいに嬉々として戦うことはないし、山登りだってすぐに疲れるはずだ。だから、別に戦えないことくらい、なんの問題もない。俺達が守ってやる。いざとなった時に魔法の力で助けてくれればいい。ずっとそうだったろう。」
「ずっと?」
「ずっと、ってほどいたわけではないけれども、ポルカでもトリコでも最後はお前が俺達を助けてくれたじゃないか。クグレックはクグレックのペースで良い。クグレックなら、瘴気の影響も時期に和らぐってティアも言ってたし、自分を責める必要はないだろ。」
そう言って、ハッシュはぽんとクグレックの頭に手を置く。大きくてがっしりとしたハッシュの手に、クグレックは不思議と瘴気による具合の悪さが和らぐような心地がした。
「とはいえ、ティアのペースには合わせなければいけない。日没までに目的の洞窟までたどり着けないと、暗闇の中進むことになって非常に危険だ。なんとか頑張ろう。」
クグレックはこくりと頷く。ハッシュの言葉は挫けそうだったクグレックの心を救い上げてくれた。クグレックはハッシュのことをぶっきらぼうな性格だと思い込んでいたが、案外優しいところがあるのだなと思い直した。
それからしばらく、ハッシュはクグレックの隣について進んだ。クグレックは疲労と体調不良で何度も挫けそうになったが、そばにハッシュがいてくれたことで、なんとか頑張ろうという気になった。
と、その時、再び戦闘を行くティアから魔物の出現が告げられる。例に習って、ハッシュがクグレックとディレィッシュを追い越して、前衛のティアとニタの元へ駆け寄る。その後をディレィッシュとクグレックが追う。
今度の魔物は人の大きさの黒い靄であった。何の形かと形容することが出来ない、ただの黒い靄である。
通常通り、ニタとティアとハッシュの3人が戦闘態勢を取りながら、魔物へ近付く。
その後ろにただ潜むディレィッシュとクグレック。だが、クグレックはハッシュとの会話により気持ちが楽になったこともあり、瘴気の影響が軽減され、魔法を使う余裕も出て来た。杖をぎゅっと握りしめ、意識を集中させる。
クグレックを中心に静電気がパチパチと発生し、瘴気もクグレックに吸い込まれていく。
瘴気は悪い空気であるが、性質的には魔と似たようなものである。クグレックは初めての瘴気に体も精神もやられてしまったが、本来であれば、魔を扱う魔女と瘴気の愛称は悪いわけではなかった。御山の麓の集落についてからクグレックはそぞろな気持ちを感じていたわけだが、不安だけでなく、どこかに何かを期待する感覚もわずかながらに存在した。それこそが魔力の増長だったのかもしれない。
「レーゲスト・ダ・ライアモ!」
クグレックの周りの瘴気が彼女に集中すると、杖から雷撃を伴った鋭利なダイヤモンドの様なこぶし大の魔力結晶体が魔物へ放たれた。魔力結晶体はザクザクッと魔物に突き刺さり、魔物は苦しそうに低いうめき声をあげ、四散した。
突撃しようとした3人は呆気にとられた様子で立ち止り、後方にいるクグレックに振り返る。
そこには満足そうな表情をしたクグレックがいた。
「クク…。新しい魔法?」
ニタが尋ねた。
「うん。なんだか使えそうな気がして、やってみたの。」
クグレックは照れながら答える。一発魔法を打ち込んだら瘴気の影響は吹き飛び、すっきりとした気持ちになった。
「クグレック、やったわね!」
ティアが言った。
「魔女の力、強くなったわね!」
「どういうことですか?」
「瘴気の力で、魔力が強くなっているのよ。瘴気は魔を呼ぶ。勿論、魔女のあなたの魔の力も呼応したの。慣れるまで時間はかかったけどね。」
「クク強い!」
クグレックはなんとも言えない充足感を得て、自身が握る杖を見つめた。自分の力で魔物を追い払うことが出来たこと、新たな魔法が生み出せたことが嬉しかった。
そんな様子のクグレックを見て、ディレィッシュもどこか期待を胸にしながらティアに尋ねる。
「ティア、私も、こうやって覚醒するのか?」
ティアはきっぱりと
「いいえ。」
と否定した。
「なぜだ?」
「別にディレィッシュは魔法使いじゃないでしょ。」
「そうだ。もはや住所不定の無職だ。」
「でも、マヌケだから、瘴気がマヌケで不足してしまった分を補っているはずよ。」
「ティア、今私のことをマヌケと言ったか?」
「ええ。マヌケだもの。」
「ハッシュにアホとかバカは言われたことがあったが、マヌケと言われたのは初めてだな。」
「…は?何言ってんの?」
ティアはきょとんとして首を傾げる。が、すぐに自身の発言に気付き「あぁ」と軽い様子で話を続けた。
「マヌケって、悪口じゃないわよ。魔が抜けた人のことを指すのよ。魔抜け。ディッシュ、最近まで魔に憑かれてたでしょ。」
ディレィッシュはハッとしてティアを見つめた。ティアにはまだディレィッシュ自身の身の上を話していなかった。なのに、目の前の美女はそれを知っていた。腹の中に潜んでいた魔がつい先日、彼の中から消滅したということを。
ティアはディレィッシュの警戒心を解くかのようににっこりと微笑む。
「私、ディッシュの魔が抜けた以上のことは分からないわ。」
「…なんで、そんなに魔について詳しいんだ?」
ディレィッシュが尋ねる。
「…えっと、私のこの武闘の師匠がね、悪魔祓いやってて、一緒に世界を放浪してたの。私もずっとそれに着いて行ってたから、魔に対して感覚が鋭くなったのよ。だから、クグレックが魔法使う人なんだなって言うのはあの集落に入ってきた時から分かったし、ディレィッシュのことも魔抜けだってことは会ってすぐに分かったわ。」
「なるほど。…もっと早くティアに会っていたら、人生が変わっただろうか。」
「それはどうだか分からないわ。私自身は悪魔祓いは得意じゃないし。」
「…そうだな。未来志向でいこう。」
「えぇ、今のあなたなら、魔抜けの分を瘴気が補ってくれてるから、体力も増えてるし、本来のディッシュ以上に頑丈になってるはずよ。」