小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

はじまりの旅

INDEX|61ページ/116ページ|

次のページ前のページ
 

 クグレックは一生懸命ディレィッシュを包み込もうとする暗闇を手で払う。しかし、一向にその闇が消える気配がないのでクグレックは焦った。ふとディレィッシュを見てみれば、目を閉じて襲い来る闇を受け入れているように見える。クグレックは頼る当てがなかった絶望感に打ちひしがれそうになった。 
 やがて、クグレックの努力も空しく、ディレィッシュは闇に包まれて消えてしまった。
 クグレックはがくりと膝を床に付け、呆然と虚空を見つめた。

 結局クグレックも何も出来ないのだ。
 国を救うことも、一人の人間を救うことも、何も出来ないのだ。
 クグレックは一生この空間に閉じ込められて、光を見ることなく死んでいくのだろう。
 だが、それはそれでよかった。この空間から出れないことはきっと『罰』なのだから。
 罪を犯してしまったのならば、罰は受けなければならない。

 闇はゆっくりとクグレックの身体も侵食し始めた。
 暗闇から真っ黒な複数の手がぬっと出現した。その手はクグレックをゆっくりと包み込む。
 決して心地良い物ではなかったが、クグレックはそれを『罰』だと思い込み、静かに受け入れる。
 黒い手はじわじわとクグレックの左胸へ接近する。服の上からクグレックの体内へ侵入すると、左胸を中心にクグレックの体が黒に染まっていった。肺も血管も骨もクグレックを構成する器官が闇に浸食される、冷たくも温かくもない気味が悪い感覚に襲われ、クグレックは恐怖で呼吸を荒くさせた。
 黒い手がクグレックの心臓を掴んだのだ。
 心臓は黒い手によって引っ張られる。痛みは感じないが、取り出される、という感覚だけは間違いない。いつか体内から取り出されてしまうという恐怖感がクグレックを襲った。
 
 と、その時だった。

「やめろー!変態キング!」
 
 暗闇空間を蹴り壊して、ニタが現れた。一瞬、暗闇空間に警報音と緑色の光が届いたが、すぐにニタに破壊された箇所は暗闇に包まれ再び静寂と暗闇が戻って来た。
 突然の出来事に、暗闇から発生し、クグレックの心臓を掴んでいた黒い手は一瞬漏れこんだ光に掻き消えてしまった。

「ニタ…!」
 クグレックはニタの姿をみて、闇に堕ちかけていた精神を取り戻した。
 傷一つないニタ。さらにその傍にいる人物を目にして、更に安心した。ニタの隣にいる体格の良い金髪の男性。冷たくも優しい空の様な水色の瞳をしたマシアスことトリコ王国第1皇子ハーミッシュがいたのだ。
「クグレック…。」
 優しい表情を見せるマシアス。マシアスの手にはクグレックの樫の杖が握られている。隣でニタはブイサインをしてにっこり笑顔だ。
 暗闇の世界であることに変わりはなかったが、二人の存在はクグレックの心を明るくさせた。
 それと同時にクグレックの頬を一筋の涙が伝った。ニタに再会して、本当に安心したのだ。
「全く、ククはニタがいないと、すぐ泣いちゃうんだから。」
 そう言いながら、ニタはククに近付くと、その体をぎゅっと抱きしめた。
「だって、ディレィッシュは戦争を止めることが出来ないって言うから。もうここから出ることは出来ないって言うから。もうどうにもならないんだなって思って、でも、ニタ達が来てくれた。ニタ達が○△◇×仝…」
 クグレックは小さなニタの身体に顔を埋めて泣き喚くので、最後の方は人語を発してはいなかった。
 ニタはやれやれというような表情を浮かべて、泣き喚くクグレックの背中をポンポンと叩いた。
「うんうん、頑張ったよ、クク。なんか変なところにいるけど、意識をちゃんと保ってるし、頑張った。本当に、ここまで『一人』でよく頑張った。」
 と、ニタが優しい言葉を掛けると、クグレックはより一層激しく泣き喚くので、ニタは困った表情でハーミッシュに視線を送り、クグレックが落ち着くのを待つことにした。
 
 数分後。クグレックも状態が落ち着いたので、3人はこれからの作戦を練り始めた。
「さて、ククも落ち着いたことだし、今後の作戦を決めていこう。まずは、この状況の確認から。」
 ニタが場を取り仕切り、クグレックに話をするように促す。
「私は、クライドさんにエネルギー高炉の最深部に連れられて、そこにいたディレィッシュに出会ったの。でも、彼はディレィッシュであって、ディレィッシュではない。ディレィッシュの魔だった。魔は更に力を得るために私の血を飲み、心臓を喰らうと言っていた。それから、私は怖くて、魔力を暴走させちゃって、気がついたらこの暗闇の世界にいた。ついさっきまでディレィッシュ――本物のディレィッシュがいたんだけど、闇の中に消えていった。そしたら、私の周りに黒い手が現れて心臓を掴んで取り出そうとしたの。多分、取り出される寸前だったんだと思う。ただ、ちょうどその時にニタ達が入って来て、黒い手は消えた。」
 クグレックの話を聞いたニタとマシアスは、アイコンタクトを取ると示しを合わせたように黙って頷いた。
「ニタ達はどうだったの?マシアスがいるってことは、イスカリオッシュさんにも会えたってことだろうけど…。」
「うん。無事にイスカリオッシュにも会えたし、なんとかしてマシア、いやハーミッシュを連れ出すことも出来た。イスカリオッシュがいたから、トリコ王国で一番速いデンキジドウシャに乗って来れたから、凄く早く着いたよ。クグレックがニタの幻をつくりだして、クライドをだましてくれたおかげだよ。本当に良く頑張ったね。」
 ニタに褒められてクグレックはほんのわずかに表情を緩ませた。
 実は、トリコ城を出る少し前からクグレックの傍にいたニタは彼女が作った幻だった。クライドに部屋の外に連れ出され、4D2コムを落とした瞬間にニタはクグレックの元を離れ、イスカリオッシュを探しに出たのだ。それからニタとクグレックは別々で行動していた。
 クグレックはクライドにばれないようにニタの幻を作り続け、ニタは単身イスカリオッシュを探し応援を求め、そして、マシアスを助けた。ニタとクグレックだけではどうしてもディレィッシュに対抗することが出来ない。しかし、ディレィッシュの弟であるハーミッシュとイスカリオッシュならば、ディレィッシュに対抗することが出来るのだ。ニタとクグレックはプライベートラボから戻った数日の間に作戦を立てていたのだ。情報を掌握するディレィッシュに気付かれることのないように筆談で作戦を立て、あくまでも極秘に。これが『ニタがやりたかったこと』の全貌だ。
「最後の最後にニタがクライドに斬られちゃったから、ぐったりするニタをイメージして作り続けたのは悲しくて辛かった。離れたところに、しかも私から見えないような場所に幻を維持し続けるのは、凄く疲れたよ。」
「うんうん、よく頑張ったよ。」
「でも、イスカリオッシュさんは…?」
「イスカリオッシュはクライドと一緒にいる。ディレィッシュもなかなか腹に一物を含んだ男だと思ってたけど、イスカリオッシュもなかなかのもんだ。」
「ディレィッシュは相手を包括する広さを持っているが、イスカリオッシュは相手の懐にうまく入り込むことが出来る。末っ子であるが故の愛嬌を上手く昇華させたのがあいつだ。」
作品名:はじまりの旅 作家名:藍澤 昴