はじまりの旅
「あの警察隊は、俺の仲間だ。ボス以外の奴らは、しかるべき場所で正義の神判が成されているから安心してくれ。ちょっとクグレックには刺激が強い内容だけど。」
横でニタがうんうんと頷く。ニタはすでにマシアスから話は聞いており、正義の神判の内容も知っていた。
「俺がポルカで得た報酬金を、全てアイツに渡して、アイツは何食わぬ顔でピアノ商会へ戻ることが出来た。その代わり、俺はあいつの口添えによってピアノ商会の社員として堂々と入ることが出来たんだ。それが、アイツが助かる唯一の条件で、アイツはまんまとその要求をのんでくれた。順調に事が進むだろうと思っていた矢先、お前たちの出現だ。エントランスで騒ぎ立ててる不審な二人組。新参者の俺はお前たちと何の関わりがあるのか、酷く疑われた。お前たちのせいで、信用が一気にがた落ちだ。だから、俺はお前たちと何の関わりもないことを示すために、お前たちの身売りを引き受けたんだ。希少種のペポと年頃の女は高く売れる。だから、手荒な真似にはなってしまったが、二人を監禁させてもらった。まぁ、疑われてはどうしようもないから、その日中に方をつけようと思っていたんだけどな。それから、お前たちを解放しようと思ってたが…。」
「ククが自力で逃げちゃった、というわけ。女の子に手荒な真似をするのは良くないってこった。」
うんうんと頷きながら、ニタが言った。マシアスはばつの悪そうな表情をして頭をかいた。
「ところで、マシアス、ピアノ商会はどことどこの戦争を引き起こそうとしていたの?」
ニタが尋ねた。
「ランダムサンプリ国とトリコ王国だ。」
マシアスが答えた。その答えに、ニタは一瞬表情を強張らせた。
マシアスはさらに続ける。
「ランダムサンプリ国は近年、過激派が力をつけている国だ。それこそ人外排出運動が盛んな国の1つだ。国内を武力で統制している。そういう国だ。ニタはご存知だろうけど。」
と、言うとマシアスはちらりとニタに目配せをした。マシアスと目が合うと、ニタは声を低くして、ぶっきらぼうに「その通り。」と答えた。クグレックには、なんのことだか分からなかった。
「俺はトリコ王国の生まれだ。だから、何としてでもピアノ商会を抑えて、戦争開始を止めたかったんだ。だから、結果、お前たちに会えて本当に良かった。ありがとう。」
と、マシアスは安心した表情で言った。
水色の瞳も、今は冷たそうに見えなかった。春の空の様な優しい水色に見えた。
「まぁ、ニタはそう簡単に戦争なんて止まるのかな、って思うけどね。」
と、ニタが意地悪そうに、安心しきったマシアスに冷や水をかける。
「まぁ、ランダムサンプリとトリコ王国が仲が悪く、一触即発な状態であることは変わらないのだけど、最悪な状況だけは免れた。ピアノ商会の奴らもしかるべき場所で裁きを受ける。後はここから立て直していくだけだ。」
「それでも、戦争がはじまったらどうするのさ。」
というニタの問いに答えたのは、マシアスではなく、豪華な椅子に座ってワインを嗜んでいた気品あふれる男だった。
男は立ち上がり、話し始めた。
「別にランダムサンプリが戦争を吹っかけてこようと我々の技術力があれば、恐れるに足らない。」
ワイングラスを恭しく掲げながら、陶酔したように男は話した。まるで舞台俳優のように芝居がかった喋り方だ。
「トリコ王国は技術力だけでないんだ。それに伴った軍事力も大陸最大級だ。」
ディレイッシュはふと、クグレックの存在に気付き、クグレックに向けてウィンクをした。
「おっと、失礼、お嬢さん、はじめまして。私の名前はディレィッシュだ。こいつの兄だ。」
ディレィッシュは腹に右手を当て、丁寧にお辞儀をした。
「私はドルセード王国のマルトの村出身のクグレック・シュタインです。」
「ほう、ドルセード王国。私の部下にもドルセード出身がいたなぁ。」
ディレィッシュは意外そうにクグレックを見つめる。
「ねぇ、ディレィッシュ、トリコ王国が強いなら、ランダムサンプリくらいやっつけちゃえばいいじゃん。」
さらりと過激な発言をしてのけるニタ。
「確かに、ニタの言う通りではあるが、戦争により、トリコ王国の重要機密などが流出してしまっては困るからね。それに、無駄に命がなくなってしまうのも嬉しいものじゃない。血を流すよりも我々は話し合いによって、ランダムサンプリと関係を続けていくつもりだ。だから、ニタ、とクグレック、そしてマシアス、礼を言うのは私の方だ。ありがとう。」
ふわりと微笑む男。全てを許してしまえそうな、無邪気で優しい表情だった。
「してニタとお嬢さん、私からの御礼で、君たちをトリコ王国でおもてなしをしたいと思う。私達はこのままトリコ王国に帰るが、君たちを乗せていく余裕はない。君たちのデンキジドウシャを手配するのに数日かかるから、それまでもう少々このアッチェレで過ごしていてくれないだろうか。」
「デンキジドウシャ?」
ニタが首を傾げながら問う。
「そうだね、汽車よりも小型で馬車よりも早く動く乗り物のことさ。」
「へぇ、聞いたことがなかった。」
「今のところデンキジドウシャはトリコ王国にしかない。博識なペポ族の戦士でも知らないだろう。」
「トリコ王国は、やっぱり凄いね。」
「ははは。」
と、その時、4人いる部屋の扉から、ノックの音が聞こえた。マシアスとディレィッシュは互いに目配せをすると、マシアスが扉を開けて部屋の外に出て行った。
「では、私達はピアノ商会の件で先にトリコ王国に帰らせていただく。ピアノ商会の処分が済み次第、ここの宿屋に部下を迎えに来させるから、それまでしばらくはここの宿屋を拠点に過ごしていてくれ。トリコ王国に着いたら、御礼をさせてもらう。」
そう言ってディレィッシュは椅子から腰を上げると、椅子は瞬時のうちに消えた。椅子のあったところにはピンポン玉程度の玉が転がっているだけだった。ディレィッシュは玉を拾うと、ぐんと伸びをした。ディレィッシュの表情はどこか晴れ晴れとしていた。
マシアスが再び部屋に戻ってきた時が、別れの時だった。二人のお迎えが来たらしい。
宿屋を出ると、外は暗かった。そして、6人ほどの砂漠の国の衣装を身に纏った屈強な男達がいた。宿屋の前には4輪型の大きな幌馬車が待機していた。引馬は3頭いたが、派手な馬具を身に付け、異様な雰囲気を見せている。
男達は辺りを警戒しているらしく、そのうち4人がマシアスとディレィッシュにぴったりとくっついて馬車までのわずかな距離をエスコートする。
「こんな距離なんだから、別に護衛を着けなくたっていいじゃないか。」
とディレィッシュが文句を言ったが、マシアスは「何があるか分からないだろう。」と言って嗜めた。
ディレィッシュは顔だけ後ろに向けて、無邪気な笑顔で
「では、ニタとクグレック、また会おう。」
といって、馬車に乗り込んで行った。マシアスも振り返って、無言で表情を和らげ、片手を上げ馬車に乗り込んで行った。
残り二人の屈強な男もそれぞれ馬車の前と後ろに乗り込むと、御者が丁寧な口調で
「それではお世話になりました。また、後日。」